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スピリチャル・フェミニスト伊田広行は「受注産業」の頼りなさ過ぎる下請け学者である。にて、社民党の福島瑞穂さんと辻本清美さんについて触れ、PR戦略においては「まともな人を使うべき」と書きましたが、書き忘れていたことがあったので、とりあえず。

何はともあれ、福島さんには、政策実現のための「優先順位」付けを、一度ちゃんとやって欲しいと思っております。福島さんのホームページにあります「福島みずほマニフェスト」を読みましたが、もしも全て実現できれば国民にとって利益が大きく素晴らしいとは思うのです。が、日本の経済社会情勢からして、ムリがあると思えてしまう政策もあるわけです。

政策の実現可能性が低い点、また、私個人はリバタリアンですので、社民党が掲げる新社会民主主義には全面的には賛成できませんが(日本はフランスでの社会民主主義路線の失敗から学ぶべきだと思っています)、女性専用外来の充実、個人単位の年金権の確立、地球温暖化の防止、食の安全などに関する政策ついては賛成する立場です。ですので、まぁ、まずは優先順位をつけて「実現」できる政策から実現していく、というくらいの「冷徹さ」を持って欲しい、少なくともそこらへんのフツウの経営者と同じレベルの「冷徹さ」は必須である、と一国民である私は考えております。

特に、福島さんは、弁護士であり、夫婦別姓や非婚出子の問題に関しては、15年前から取り組んでいるとのことですので、そろそろ「実現」してしまってもいいのでは、と。なにせ15年前から福島さんに希望を抱き続けている国民が大勢いるそうですし、他の政治家や党に任せられるものは任せて、福島さんしかできない政策に焦点を当てて欲しいものです。福島さんは、どこか優しそうな感じがしますが、ぜひとも政策実現のために、もっと冷酷でどず黒くてコワイ人になって頂きたいものです。以下、関連してドラッカーの書籍の引用。

(略)しかし、20世紀の政治学者が、価値、政策、イデオロギーへの関心を捨て、意思決定のプロセスに焦点を合わせるよういなったことは、あながち無責任ともいえない。目的に関する最も困難で、最も重要な意思決定は、何をなすべきかについてではないからである。

それは、第一に、もはや価値なしとして何を捨てるかについての意思決定であり、第二に、何を優先し、何に集中するかについての意思決定である。それらの問題は、イデオロギーにかかわる意思決定ではない。もちろん判断ではある。正しい情報にもとづくべき判断である。またそうあるべきものである。意見や感情ではなく、代替案を明らかにしたうえで行うべき判断である。

何を捨てるかの意思決定ほど、重要でありながら、なおざりにされているものはない。

P.F.ドラッカー『断絶の時代』ダイヤモンド社、p.203


12月2日追記。
「福島さんは、弁護士であり、夫婦別姓や非婚出子の問題に関しては、15年前から取り組んでいるとのこと」と上で書きましたが、この件に関しては、碧猫さんのこちらの記事が詳しくて、非常に参考になりました。
事実婚とか改姓とか【Gazing at the Celestial Blue】

あとは、これも。福島さんの質問主意書と、それへの答弁書。
質問第八一号 婚外子の差別撤廃に関する質問主意書と答弁書(平成十九年七月五日)

こちらは、ちょっと古いですが、検索したら出てきたので、夫婦別姓に関して、日本共産党の石井郁子氏が質問したもの。
2004(平成16)年6月9日提出質問第154号 選択的夫婦別姓など民法改正に関する質問主意書

あと、個人的には、社民党や共産党などの掲げる個別の政策については非常に良いものがあるとは思うものの、経済情勢からして、今後、これ以上、日本が社会民主主義化していったとしたら、既に起こっている「頭脳流出」はさらに加速していくワケでして、そこらへんのバランスを考えると、ちとな、と。

が、日本をどのような社会にしていきたいか、という政党レベルや各政治家たちの個人的な思いとは別の次元で、国民の一人一人が不利益を被ってはならないというのは当然でありまして、そういった観点からすると、選択的夫婦別姓や非婚出子差別の問題は、どのような政治経済思想を持っている人であっても、正当化はできないはずなんですよね。まぁ、来年くらいには、ぜひとも実現して欲しいものだな、と個人的には思っております。
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テーマ:男女問題 - ジャンル:政治・経済

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ちょっと前に知り、時間があるときに少しずつ読み進めている藤森かよこ先生(文学者)のコラム。この絶妙な毒とユーモアが素晴らしいと毎回しみじみ思う。昨日アップした、塩野七生センセイのエッセイ「マザコン礼讃」(書籍『男たちへ』収録)と重なる部分が多いので、以下、マザコンの箇所のみ引用。(ロリコンやファザコンについて関心があるかたは、ぜひともリンク先を訪れてみてくださいませ。)

ロリコンにもマザコンにもファザコンにもなれない日本人 [04/12/2004]【アキラのランド節】

(略)同じ理由で、日本の男を「マザコン」と呼ぶのも、まちがっている。母親という人間の質の高さなり、知恵なり、愛情なり、美しさなりを心に深く刻み、人間判断のものさしにするほど、自らの人間形成に母の影響が巨大であることを自覚し、しみじみありがたく感じているので、しょうもない女なんかに惑わされようもないし、人間というものに根底的に信頼感がある、というのが、正しいあるべき「マザコン」である。女は、こういうマザコン男こそ、結婚相手に選ぶべきである。女たるもの、そういう真性&神聖マザコン男の母親には、全面降伏するべきである。「姑」なんて呼び方は、不遜であり失礼である。ほんと、そういうさりげなく普通に立派なお母さんって、いるからね。ああいう女性たちがいるから、日本の男も救われるなって思わされること、結構あるよ。

日本で通常言われるマザコンとは、「自分の人生を自分自身で作れないので、他人に介入することでしか暇がつぶせない女に、ヴィジョンも見識もなく、気まぐれに世話され、いじくられすぎたんで、世話されて構われていないと安定できない人間依存症になった」だけの人間のことである。うちの職場にもいるよ、こういう人間依存症というか、女依存症の馬鹿が。女と見れば、しょうもない冗談言ったり、ため口きいたり、からかったり、ほんとうるさい二枚目ぶった初老教授なんかいるよ。

(中略)こういう男で質がもっと悪くなると、母親からは暇つぶしで相手にされていただけで、ほんとうに愛されたわけではないことを、うすらぼんやり意識はしているんだけど、それは直視せずに、無意識のまま母に憎悪を怨恨を抱いて、それを抑圧してしまって、母と形態が似ている女一般に、その怨恨と憎悪を向けるよね。敵は母親であり、その問題を直視しない自分自身の勇気のなさなのに、自分の深層心理を分析できないというのが、日本の男の知的情緒の水準の低さだよね。こういうのは、実質的には「母なるもの」を知らないのだから、「マザコン」と呼ぶのは、間違っている。単に「濃縮100パーセント孤児」でいいよ。もしくは、「優しい子ども虐待サヴァイヴァー」とでも呼ぶか。(以下略)


思うに、これは日本人男性に特有の問題ではないんだろうなぁ。ウエルベックが好んで描いている、ダメな男たちというのは、藤森先生の言うところの「優しい子ども虐待サヴァイヴァー」だと思われるので。ウエルベックはフランス人作家だけど、ある意味、フランスのほうが日本よりも事は深刻なんだと思われる。というのも、一般的に、雑誌やテレビなどのメディアは「フランスの育児事情は恵まれている」というようなイメージを前面に出しているけれど、それはあくまで「親」への育児サポートがしっかりしているからであって、子供の視点が、ちょっと抜けている場合が多いので。(ちなみに、移民事情が全く異なるものの、フランスは日本よりも深刻なDV、つまり死亡に至るDVが多い。児童虐待についてはまだ調べていないので、時間があるときに調べてみる予定。)
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伊田広行氏(イダヒロユキ氏)が学者として5流どころか、単なる「受注産業」の担い手である件は、かなり前に、「知識人が誘う戦争への道!」【BLOG版「ヘンリー・オーツの独り言」】様経由で知っておりました。以下、参考までに重要箇所を引用させて頂きます。

知識人・文化人は「受注産業」という側面があり、商売として見れば、行政や大学またはマスメディアなどから仕事を受注する様になっています。「受注産業」なので、発注元の想定する範囲を飛び越えれば、仕事が来なくなります。

だから、特にリベラル系の文化人・知識人は耳ざわりのいいことは言うが、根源的な問題には立ち入らないし、「問題に対して闘わない」という性質もある訳です。

広く取れば上の伊田さんも「そのクチ」に当るのですが、知識人・文化人に関して、二流・三流の者ほど行政からの仕事が主な収入源となりやすく、結果として行政を批判しない様になります。


しかし、いくら「受注産業」の担い手だからといって、「これでは、あまりにも頼りなさ過ぎるな」と思ってしまいましたよ、これ(↓)読んで。。

★表面のカタチ(性別、肩書き)やカテゴリーを越える【ソウル・ヨガ(イダヒロユキ)】
http://blog.zaq.ne.jp/spisin/article/393/

女性の友人が「女はアカン! 男性に代われ!!」的な対応をされた、ということについて、次のようにおもってメールしました。
***
人の(差別的な)無意識はホントに根深いねー
腹立つなー 
僕も先日、ジェンダー平等で講演したとき、おじさんから、
「伊田さんももっと腹が出て太って脂ぎっておっさんぽくなったら、そんな男が言うともっと説得力があるデー」といわれました。

(略)相手を性別や地位や肩書きでなく、〈たましい〉でみつめればすべて解決するのにねー
(略)心がきれいといった、見えないところをみていれば、そんなことはいわなくなる。肩書き、服装など外の見えるところしかみない人がそんな愚かなことを言うのだといっていました。

(略)帰りに「こら、オッサン、さっき私が言ったことと、男性が言ったことと同じやったでしょ。反省して謝ってください」といえればよかったねー。(笑) いえないけど。


まず、今の時代、スピリチャル・フェミニスト伊田広行が言うように、性別や地位や肩書き等の「表面」でしか人を判断しない人って、少ないですよ。伊田氏を例にすれば、彼は生物学的には男性であり、肩書きは「立命館大学非常勤講師」だそうなので、社会的地位は非常に低いわけです。
職場の人権 研究会 2006・5・27 ある私立大学の雇用差別と労働強化 -使い捨てられる大学教職員- ゼネラルユニオン 遠藤礼子(立命館での「多様な雇用形態」、労働者の使い捨てと分断などについて記述あり。PDF)によりますと

【非常勤講師】
コマ単位の1 年契約で,通常一校で2~5 コマ程度担当.あちこち掛け持ちして週10 コマ担当しても,年収300 万円.私学共済などへの加入を多くの大学が拒否しているため,その中から国民健康保険と国民年金を捻出.年数の上限はないので「うまくいけば」何年でも働けるが毎年コマ減や雇い止めの不安がある.


とのことですし、またこちら(↓)のブログ
Yahoo!ブログ - これがほんとの立命館
立命館教職員組合連合ホームページ
などを読んでみてわかったのですが、私が当初予想していた以上に「立命館大学非常勤講師」という肩書きに付随する社会的地位は非常に低いようです。しかし、別にそんなことは、伊田氏の本質とは関係ないわけです。このブログにおいて過去に数度、伊田氏の専門性及び論理性の無さ、また人格にまつわる問題点などを指摘しましたが、私としましては、伊田氏が男性である点、社会的地位が非常に低い点などは、まったく考慮に入れずに、批判しましたので。

以下、関連記事。
スピリチャル・フェミニスト伊田広行のアタマのなか。
スピリチャル・フェミニスト伊田広行のアタマのなか【パート2】
スピリチャル・フェミニスト伊田広行のアタマのなか【パート3】
イダヒロユキの度重なる「失礼極まりないハラスメント行為」について。

しかし、おじさんから、自分が納得できない事を言われたのに「いえないけど。」っていうのは、本当に、頼りないというか、根性無いというか、男だ女だ言う前に「人として弱いんだな。」と。また、おじさんに反論できないクセに、女性の友人には偉そうにエセ・スピリチャル論を説いているところを見ると、「社会的地位だとか性別だとかで、人を判断しているのは、むしろ伊田氏なんじゃないの?」とも思ってしまいました。たとえば、

神名龍子◎理よりも利
において、神名龍子さんは、

(略)たとえばイダヒロユキ氏は、「過剰に典型的なモテ服に合わせようとすることをやめるということだ」と述べているが、やめたければ勝手にやめればいい(笑)。それともイダ氏は実際に「モテ服」の着用を強制されているのだろうか。それは具体的に、どこの誰によって強制されているというつもりなのか。(中略)

>また「男らしさ追及しない、おしゃれ、明るい性格、性分業反対、異性愛、ボーイッシュ女性好き、セックスにあまり興味なし、非論理的で感情的な男性」などになっていくということだ。

とはどういうことなのか。そんな男性は今でも当たり前に存在するだろう。どこを見まわしても、けっして「生物的男性はすべて1種類の男性」であったりはしない。

私は東京在住なので念のため、立命館には「1種類の男性」しかいないのか? とインターネットを介して立命館在学生に尋ねてみたら、「学内には色々な種類の男がいます。同時に同じぐらい女性もバリエーションに富んでいます。ウチは偏ったフェミニストが多くて困っています。」という答えが返ってきた(笑)。やっぱりね、そうだろね…。

「適切に人を男女だけでなく多様に見ていこうとする実践」をしていないのは、イダ氏の方ではないだろうか。


と述べておられますが、全く同感です。イダヒロユキ氏については、男性学研究のための文献を当たっていたときに知り、不審なものを感じいろいろと調べてみましたが、私もそう思いました。それと、正直、私は、福島瑞穂さん辻本清美さんに対して、どちらかといえば好感を持っている部類の人間ですが、伊田氏のような専門性が無いだけでなく人格的にも問題のある人を「受注産業に属していおり、性別が男性で、使い勝手がいいから」という理由で、つじもとネットの代表にしてしまったりトークショーに呼んでしまったりしている現状があるのを知るたびに、応援して良いのかどうか迷いますし、何より心を痛めております。

少なくとも、本当に心からお二方が政治家として一流でありたいと望んでいるのであれば、伊田を選ぶのは、戦略としては致命的なミスであります。「女性だけでなく男性にも支持してくれている人がいる」だとか「女性だけでなく男性にも利がある政策である」だとかいうイメージを打ち出したいのはわかりますが、学者や知識人を使うのであれば、もっとまともな人を選ぶべきです。伊田を使っている限り、「適切に人を男女だけでなく多様に見ていこうと実践している」人たちは社民党を信用できない事態になってしまうと思いますので。。
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以下、引き続き、書籍『もう決断力しかない―意思決定の質を高める37の状況把握力』の引用メモ。ちなみに、私が“理想として”(要するに、いくらがんばってもたどり着けるかどうかは定かではないが、それを理想として掲げている限りは進歩があるのでやったほうが得、というようなニュアンス。)目指している脳波は、「瞑想型脳波」であります。


では開始。
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(ネット上にあるワードに似たソフトで書いたのですが、PCがおかしくなって消えると何なので、とりあえずアップしておきます。。)

ちなみに、いわゆる「意思決定論」という分野は、何気に私のサブメジャーと言っても良いくらいな分野なのですが、扱う対象が違うものになると(要するに、自己管理の文脈での意思決定。)、やはり苦手になるのである。。

ということで、以下、書籍『もう決断力しかない―意思決定の質を高める37の状況把握力』の第一部の引用メモ。(ちなみに、この本、あんまり売れてないのですが、内容的には良い本ですので、オススメです。)


【第一部 意思決定の本質とは<序論>】

★意思決定はわれわれの行動のどんなところにも入り込んでいるので、だれもが正しい意思決定の仕方を知っておく必要がある

【ケース1】人生は意思決定の積み重ねである

・意思決定以上に人間の生活に広く浸透し、人間を特徴付ける営みはあまりない。どんな人も、いっさい選択をしない生き方をすることはできない。むしろ、親の大事な仕事のひとつは、子供を自分で決定できる人間に育てることだ。

・ささいな決定でも重大な決定でも、意思決定を軽く見てはいけない。それは自分の将来を運にまかせてしまうことだ。自分の選択が自分の人生を方向付けるという当たり前の事実を見落としている人が多い。

・自分はどういう人間か、これからどんな人間になるか(また、どんな人間になったか)は、どういう選択をしたかによっておおむね決まってくる。

・学歴もあり才能にも縁故にも恵まれているのに、おろかな選択をしたために人生を棒に振った人は多い。一方で、才能もごく平均的、取り立ててチャンスに恵まれたわけではない人の中にも、賢い意思決定の方法を身につけたおかげで、充実した豊かな人生を送っている人は多い。

・幸運のせいにされがちなことも、本当は正しい時期に正しい選択をしたにすぎない。運の大部分は、すぐれた意思決定なのだ。要するに、人生の質はほとんどが意思決定の質の結果なのである。

・上手な意思決定のスキルは、結果ではなく、決定にいたるために用いる手段に注目する。結果をコントロールすることはできないのだ。コントロールできるのはその結果にいたる過程だけである。

・古い格言にあるように、必ずしも早い者が競争に勝つのではなく、強い者が戦いに勝つのではない。だが、賭けるときには早い者、強い者に賭けるのだ。意思決定のスキルを磨くことは、人生における競争やった高いの勝率を高めることなのである。
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以下、この前に引き続き、塩野七生センセイの著書男たちへ―フツウの男をフツウでない男にするための54章 (文春文庫)
より引用。これは、塩野センセイのエッセイの中でも、切れ味がかなり良い部類のものです。


★マザコン礼讃(p174-181)
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マザーコンプレックスという言葉は、良い意味で使われることがない。マザコンといえば、いつまで経っても乳離れしない男たちを指し、しばしば、昨今のオトナが昨今の若者を軽蔑するときに使われる。そして、そういう場合、オトナの男たちの非難は、というより軽蔑は、若者たちをマザコンにしてしまった母親たち、つまりオトナの母親に向けられることが多い。教育ママと、同じ感覚で使われるからであろう。

たしかに、母親たちが息子を通して実現しようとする目的が、良い学校に入れてよい就職先につなげようとする程度のものが多いから、軽蔑されても仕方がないのである。最愛の息子に託すのが、この程度の低い水準で達せられる夢とは、なんともはや情けない。母親と同性の私だって、そう思う。

(略)それで、もう少し水準の高いマザコンに話を戻すが、母親の影響力が強いということも、二つに分けて考えねばならない。

第一は、息子がもともとたいした“でき”でないために、たいした“でき”でない母親でも、影響力をふるえるというケースである。

第二は、息子もなかなかの“でき”なのだが、母親もそれに匹敵するほどの人格の持ち主であるために、息子のほうが影響を受けざるをえなかった、という場合だ。

第一のケースは、これまでに述べた低い水準のマザコンを生む土壌となるものだからここでは触れず、第二のケースのみを考えてみたい。

(略)アレクサンダーもそうだったが、シーザーも、可愛いだけが取り得の女に惚れていない。シーザーの場合は典型だが、クレオパトラのような、男に伍しても立派にやっていける女を愛している。これは、異性の才能に敬意を抱くのが普通の環境にそだった、男の特色ではないだろうか。なかなかの“でき”の母親を見慣れているものだから、なかなかの“でき”の女に、抵抗感を抱かないのである。

父親不在と呼ばれる現象が、とやかく言われすぎるのが昨今である。だが、動物の世界を見てもわかるように、父親はタネをつけた後は不在なのが当たり前であって、始終居られたら、そのほうが異常なのである。

タネだって、われわれ母親が、あなたのだ、と言うから信じたのであって、ほんとうのところは、われわれしか知らない。もしも息子たちの“でき”が大変に良かったら、タネは、神とか精霊とか言ってすましていればよいので、そのタネを育てるのは、絶対に母親の権利である。マザコンなどどいう蔑称にびくつくことは、まったくないのだ。堂々と、母親の影響力をふるいつづければよい。

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★インテリ男はなぜセクシーではないか
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(略)男が女に魅力を感ずるとは、所詮、その女をだいてみたいという思いを起こすことであり、女が男に魅力を感ずるとは、その男にだかれてみたいと思うことに、つきるような気がする。

頭の中身も容姿も、この種の健全なる欲望を補強する程度の働きしかない。健全で自然で、人間の本性にもっとも忠実なこの欲望を刺激するのが、人のもっている魅力というものだろう。

インテリ男がセクシーでないのは、補強する程度の働きしかもたないものに、最高の価値をおく生き方をしているからである。ばかばかしいことを、ばかばかしいとはっきり述べる、自然さをもたないからである。

それどころか、いかにもっともらしい理屈をつけることに、全力を集中しているからなのだ。これらの男たちから「男」(マスキオ)が感じられないのも、当然の帰結にすぎないと思えてくる。

俗にいうインテリ男たちの特徴の最後は、小さな野心しかもっていないということだろう。欲望はもっているのだが、それがなんともけちくさい。

だから、政治家からお声がかかると、みっともないくらいにすぐさまなびく。財界のお偉方から接待でもあると、芸者より早く駆けつける。芸者は花代をもらっているのに、インテリたちは一夜の夕食との引き換えなのだから、それはみっともない以外のなにものでもない。

なにか自分の心中に実現したいことがあり、それをするのに権力が必要ならば、これもかまわない。灰色だろうがクロだろうが、権力者を利用するならばかまわない。だが、利用されて自己満足しているのは、ただ単に、見苦しい振る舞いにすぎないのである。

私たち女は、男を尊敬したくてウズウズしているのである。男たちよ、その期待を裏切らないでください。そうでないと、私たちの愛を、誰に向けていいのかわからなくなります。子供に向けてみたって、そんなのは子供が成長するまでの話ですものね。(p218)

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ちなみに、昔から私も、いわゆる「インテリ男」は嫌いなのですが、これを読んでその理由がはっきりとわかりました。今度、インテリじみた助教授センセイと話すときに、この塩野センセイのエッセイを武器として用いることにします(苦笑)。
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以下、引き続き男たちへ―フツウの男をフツウでない男にするための54章 (文春文庫)
より、100pくらいまでを、引用メモ化。

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「遊び」だって、伝統を背にしているという自信があるから、大胆にやれるのだ。(p26)

衣装とは、洋の東西を問わず、装うものであって装われるものではない。そして、こういうことになると、伝統がはじめてものを言うのである。(p27)


女が少しでも美しく見せたいために、あらゆる努力を惜しまないのは、正当な理由がちゃんとあって、ために真剣な話なのである。だが、男は、真剣な態度でのぞむことは別にあるのが、男というものだ。ずいぶんと保守的なことを言うと思う人がいるかもしれないが、それはまちがっている。

なぜならば、所詮、われわれ女は、身だしなみ以外に真剣勝負をするものを持っている男を欲しているからである。つまり、着こなしに気をつかうことなど、男にとっては遊びに過ぎない。こうなると、男たちの間にあらわれてくる差は、この遊びが上手であるか下手かであるかの違うだけ、ということになる。そして「遊び」とは、真剣でないほうが上手くいくという逆説的性格を持つものである。(p33)


遊びは、ヴァリエーションを愉しめるところにしか存在しない。つまり、選択の自由が愉しめるところにしか、存在しないのである。(p34)

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とはいえ、私は、何にでも嘘をつけといっているのではない。嘘を有効につくことは、真実さえ言っていれば良いのと違ってたいへんに頭の良いことが要求されるのだ。そうそう誰にでもすすめられることではない。世に言う見え透いた嘘とは、頭の悪い人のつく嘘の典型で、もちろん、つくよりもつかないほうがよいに決まっている。つまり、嘘とは、真実を言っていては実現不可能な場合に効力を発揮する、人間性の深い洞察に基づいた、高等な技術なのである。バカにできることではない。(p43)


こういう現実を知ってというわけか、われわれ日本の女たちは、日本語による愛の表現はどうもわが国の男たちにとっては不得意であるところから、「好きだよ」程度で満足しているのが大勢のようである。だが、それだと、大変につまらない恋愛しか味わえないことになるのも、知っての上でのことだろうか。(p53)


「口に出さなくても愛している」とか「言葉を超えるほどの愛」とかいうことを耳にしたり、書いてあったりするのを目にした時、私は、哀れみさえ感じる。そんなことは、外側を変えることによって内側を変えるという、人間相手にしか通用しないこの愉しみとは始終無縁な、感受性の鈍い人々だけの話と思うからである。(p55)


これが自分の世界なのだ、と言えるものを持っている男なんて、まっとくステキではないか。それも、古の人たちと語り合っているのだ、などという表現で伝える男なんて、ステキでなくてなんであろう。マキャベリほどの天才でなくても、私たちの周囲には、きっとこの種のノーブルな魂の持ち主が、意外と多くいるような気がするのだが。そして、それを見出すかどうかは、私たちの心の中に、ステキな要素がどれくらいあるかどうかにかかっている。(p61)


ここしばらく奔放な生き方が賞賛の対象によくなるが、奔放な生き方を貫ける人は、もともとそれをできる環境に恵まれていたが、それとも、古い言葉を使えば人間のしがらみに、無神経でいられる「大胆」な人に限られる。(p61)

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よく、話題のない人、という評価を耳にすることがある。だが、話題のまったくない人などいるものではない。共通の話題がないか、それとも、精神的なつながりを持っていない者同士が話すからである。共通の話題だけに限るなら、同じ職場に勤めていたり同郷の出であったりするだけで、話の糧がつきない程度には見つかるだろう。

だが、ともに同じ「世界」に遊ぶためにはぜひとも必要な、「同じ言語」で語ることのできるつながりとなると、恋愛と似て、一生出会わない人と何度となく出会う幸運な人とはっきりと分かれるように思えるのだ。(p63)


装うとは、着る人間の個性に合ったものであるべきである、という従来の考えに、私はまったく賛同しない。装うとは、着る人間がどのような個性を生きたいかで、決まるものだと私は信じている。だからこそ、素晴らしいのだ。(p71)


問題にしているのは、その関係のあり方なのだ。愛情の介在する関係が甘美な決闘ならば、贈物は武器の役割を果たす。それなのに、チョコレートや花を贈っていれば義務は果たしたと思うのは、武器を有効に使っていないことと同じではないか。いや、何も送らなくても自分の気持ちは相手に通じている、と信じきっている男に至っては、それ以下だから論ずるに値しない。(p94)

悲しみの量のちがいは、できるできないを分ける、決定的な要因ではない。質も、同じことだと思う。それはもしかしたら、量でも質でもなく、悲しみをどのように表現するかの、個人個人の違いによるのかもしれない。つまり、一人一人の性格のちがいに発するのだ。

たいして悲しくもないのに、人前で嘆きの場面を展開できる人がいる。ざめざめと、涙を流せる人がいる。そういう人は、人前であろうと一人であろうと関係なく、泣ける人なのだ。そういう人にとっての悲しみとは、量でも質でもなく、悲しめるという行為の問題なのである。((p100)


厳たる現実ではないから、人は悲しみに酔うことができるのである。人前でざめざめと泣くことのできる男は、やはり少々ウサンくさい感じをまぬがれないのは、いたしかたのないことである。悲しみに酔うのは、せいぜい馬鹿な女の独占であってほしいものだ。((p102)

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男の中によく、僕はめんどうくさくておしゃれをしないんです、と言う男がいる。私はそれを聞くたびに、そういうことは言わないほうがいいんではないか、と言ってあげたくなる。

なぜなら、めんどうくさいということは、おしゃれだけでなく、すべてにつながることであり、また、めんどうだからというのは、感受性や好奇心の欠如を、カムフラージュするのに使われることが多いからである。時間がなくて、という言い訳とよく似ている。私は時間がなくて本も読めません、という弁解を絶対に信じない。

この種の男は、たいていが奥さんが選んて買ったものを身に着けている。そして、こういう男を我慢できる女に面白いのがいるはずはないから、つまり男がわかる女がいるはずがないから、そういう女の選んだつまらないものを身に着ける結果になるのだ。女の選んだ男物というのは、なぜああも明白にそれとわかるのだろう。(p107)
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以下、引用メモ。『男たちへ―フツウの男をフツウでない男にするための54章』 (塩野七生著/文春文庫)より。

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★頭の良い男について

ここで言っている頭の良いということは、おしゃべりしたりする時のために取っておかれる類の基準ではない。ベッドの上であろうと、どこでもいつでもすべての行動を律する、いわば基本、ベースといってもよいものだ。

だから、有名大学の競争率の高い学部を卒業して、一流企業や官庁や大学に勤めている人が、頭の良い男とイコールにならないという例も、しばしば起こるのである。日本では、教育はあっても教養のない男は、まったくはいて捨てるほど多い。

つまり、ここで言いたい「頭の良い男」とは、何事も自分の頭で考え、それに基づいて判断を下し、ために偏見にとらわれず、なにかの主義主張にこり固まった人々に比べて柔軟性に富み、それでいて鋭く深い洞察力を持つ男、ということになる。

なんのことはない、よく言われる自分自身の「哲学」を持っている人ということだが、哲学といったって何も難しい学問を指す訳ではなく、物事に対処する「姿勢」(スタイル)を持っているかいないかの問題なのだ。だから、年齢に関係なく、社会的地位や教育の高低にも関係なく、持つ人と持たない人の違いしか存在しない。

『男たちへ』p14


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★男の色気について(その三)

男というのはオカシな動物で、自分を才能豊かな男であることと忙しいこととは、比例の関係にあると思い込んでいる。私などは、そんなことはないと確信しているけれど、男のほうはなぜか、とくに日本の男の場合はほとんどといってよいくらい、忙しければ忙しいほど“たいした”男であり、それを女に誇示す傾向から無縁でいられない。

そういう男たちは、暇をつくることこそ、とくに愛する女のために時間を捻り出すことこそ、男の才能の真の証明であります、などどいう正論で屈服させようとしてもまったく効き目のない人種であるから、それを独占するのは、目的のためには手段を選ばず、式の戦法でいくしかない。

(略)それに、病床に横たわる男は、意外にも色気を漂わせるものです。少なくとも、たいしたことをやっているわけでもないのにやたらと忙しがる男に比べれば、ずっとステキで可愛らしい。(略)相手の自由を拘束してみたいと思うのは、魅力を感ずる人に対してだけである。それ以外は、元気で留守がいい、という部類に入ってしまう。

『男たちへ』塩野七生p167,168

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あ、ちなみに、どうでもイイと言えばどうでもイイのですが、うちの彼の良いところは、「たいしたことをやっているわけでもないのにやたらと忙しがる男」“ではない”、というのも1つであります(笑)。

でもまぁ、「たいしたことをやっている」ならまだしも、「たいしたことをやっているわけでもない」のに「やたらと忙しがる男」とは付き合う“気力”が湧かないですよね。これは、ほとんどの女性は共通の心理だと思う。

男たちへ―フツウの男をフツウでない男にするための54章 (文春文庫)
文藝春秋
塩野 七生(著)
発売日:1993-02
おすすめ度:4.5
おすすめ度4 ローマ人の物語の著者の気軽なエッセー
おすすめ度5 手厳しい
おすすめ度4 塩野さんは良く観察しているな・・・
おすすめ度5 女こそ
おすすめ度5 チェックリスト?

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前々から書こうと思いつつ、忘れていたのですが、思い出したので、以下、軽くメモ程度に書いておきます。

『鏡の法則 人生のどんな問題も解決する魔法のルール』(総合法令出版/野口嘉則著)

なる本についてであります。
この本、いまだに、ミクシイのレビューでは大絶賛の嵐でして、以下、絶賛している方々は、この本をどんな風に読んでいるのかを明らかにするため、参考までにちょっと読者の声を引用しておきます。http://mixi.jp/view_item.pl?id=466669より。

●泣きました。
結果をなげくより、原因を追求すること。
それがわかった時に感謝の気持ちがわいてくる。
何かを感じさせられる本だと思います。

●偶然本屋さんで見かけた本で気になって読み出したら
とまらなくなりました。
許すことの大切さを学びました。

●とても読みやすい本でした
誰かを責めているかぎり、やすらぎを感じることができないし、ゆるすこと、感謝の気持ちの大切さが身にしみます。ちょっと何かにつまづいた時、悩んでいる時におすすめの一冊です!


というか、発売後、この本が話題になっていた当時、「不特定多数の人が見る外のブログとか日記で書いてしまうと、信者に叩かれるかも。。」と思い、ただ単に「へえ~、なるほど、そういう考えもありますよね♪」的に、軽く流していたのですが、まぁ、『鏡の法則』という本は、あれ、ちょっと論理的にありえない内容の本であります。詳しいことは、賢い方々が、まとめてくださっていますので、こちらをぜひ。

kmizusawaの日記 - 「感謝しよう」のうさんくささ
finalventの日記 - 追跡「鏡の法則」 こいつらはカルト鴨
Frog is not Blog::「鏡の法則」に見えるニセ科学
みやきち日記 「嫌い」に向き合わないA子が嫌い - 「鏡の法則」について(2)
finalventの日記 - 「鏡の法則」コメント欄のほうが、泣けそう

というか、この本が売れた理由って、要するに、SNSを上手く利用したから、なんですよね。
著者は、この方。http://mixi.jp/show_friend.pl?id=1119346

で、こんな風に(↓)、ミクシイのコミュニティ機能を使い、
★野口嘉則・幸せ成功力フォーラム
http://mixi.jp/view_community.pl?id=483146
★鏡の法則
http://mixi.jp/view_community.pl?id=607640
★「ワクワクチャレンジ道場」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=623489

読者を「出版前に」獲得したというのが、売れた要因なんだろうな、と。要するに、ネットワークマーケティングそのものを実践したんですよね、この方は。

でも、この本の内容が論理的におかしいのは当然として、これはあくまで「本」だから、まだまともな部類だなぁとも、思ったりもします。もうちょっと高額な商品やサービスになってくると、アレですし、本でなくとも情報商材となると既におかしいのはたくさん出回っているようですし。

(以上、1年ちょっと前に書いた、2006年10月26日のミクシイ日記をいまさらアップしてみました。なんだか、まだ絶賛している人いるみたいなので、ちょっと気になってしまって。。)
鏡の法則 人生のどんな問題も解決する魔法のルール
総合法令出版
野口 嘉則(著)
発売日:2006-05-10
おすすめ度:4.0
おすすめ度5 人間関係について考えさせられる本
おすすめ度5 かがみ
おすすめ度1 うーん
おすすめ度5 突然の涙に戸惑いました
おすすめ度2 う~ん

テーマ:**本の紹介** - ジャンル:本・雑誌

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昨夜は、友人宅でワインパーティがあり、かなり久しぶりにまともにお酒を飲んでみた。(今でこそ一滴も飲まなくなったけど、記憶によると6年前までは1日1本ワインを飲んでいたのである。怖い過去ですな。)

「あぁ、酔うかなぁ?酔うよなぁ。倒れたりしたらイヤだなぁ。。」と思っていた割には全然大丈夫だった。(ので自分でも驚きました、はい。)

で、なんだか、みなさん眠っておられたので、主催者の本棚を勝手に漁り読書タイム。まだ昨夜のワインが残っていたので、それをちびちび飲みながら2時間余り、恋愛小説を読んだ。

が、なかなか主催者が起きてこないので、彼女のパソコンでこうして遊んでいる私です。さすがにもう待ちきれないので帰ろうと思う。
テーマ:日記 - ジャンル:日記

例の「女性の前にわざとグレープフルーツを転がし、拾ってもらったことをきっかけに会話を始め」、拾ってくれた女性の親切心を踏みにじり、集団強姦という犯罪に及んだ財務省職員2匹の事件ですが、続報がありました。今回、財務省は、他のダメ省庁とは異なり、非常に正しい決断をなされましたね。他の省庁も、見習いましょうね。懲戒免職決定です。

集団強姦の2人を懲戒免職 財務省、処分公表【中日新聞】
2007年11月26日 19時02分

財務省は26日、女性に酒を飲ませ集団で乱暴したとして集団強姦容疑で逮捕された主計局付の近藤智明(34)、広瀬佑樹(29)の両職員について、同日付で懲戒免職の処分を行った、と公表した。

 津田広喜事務次官は記者会見で「被害者の女性と国民の皆さまにおわび申し上げる」と謝罪。再発防止のため「あらためて綱紀粛正を徹底したい」と語った。

 次官はまた「破廉恥かつ言語道断な行為を逮捕まで把握できなかった」として、津田次官を含む4人が額賀福志郎財務相らから「職務上の注意・指導」を受けたことを明らかにした。

 2人と一緒に被害者の女性宅に行った職員(26)にも「犯罪行為への関与は認められないが、2人の行為を知りうる立場にありながら、上司への報告などをしなかった」として、停職1カ月の処分を行った。(共同)



集団で女性暴行、財務省職員2人を懲戒免職に【読売新聞】

財務省主計局の職員2人が女性に酒を飲ませて乱暴した事件で、財務省は26日、集団強姦(ごうかん)容疑で逮捕され、処分保留で釈放された近藤智明(34)、広瀬佑樹(29)の両職員を同日付で懲戒免職処分にしたと発表した。

 両職員は被害者の女性との間で示談が成立するなどして釈放されたが、財務省は「検察当局において集団強姦の事実が認定された」として懲戒処分とした。

 両職員と一緒に被害女性宅に上がり込んでいた別の職員(26)は停職1か月の処分とした。財務省は処分理由を「犯罪行為への関与は認められないが、近藤、広瀬の両名の行為を知りうる立場にあり、上司への報告など適切な対応を取らなかった」と説明している。
(2007年11月26日19時56分 )



ちなみに、なぜ「熊」か気になる方おられましたら、ぜひともこのリンク先を参照してくださいませ。
被害をなくすためにできること(Tokyo Rape Crisis Centerセンターニュース)

(略)被害をなくすため、減らすためにできることはいくらでもあります。
 まず、強姦をする者がいなければ強姦被害は起きず、痴漢をする者がいなければ痴漢被害は起きないという、この単純な事実を社会が認めることです。被害の原因は加害者です。

ところが、被害が起きるのは、女性が被害にあわないよう努力しなかったためだとする論理が、社会常識として流布されています。捻じれた「常識」は、あたかも自然の摂理のように、人々の無意識の領域にまで浸透しています。強姦神話が吹聴され、被害者は責めを負わされ、犯行は容認され助長されています。この間違った「常識」をリセットすれば、被害をなくすためにできることがはっきりしてきます。

 まず始めに、男は女性に性被害を及ぼしてはならないという、当り前の社会規範を、当り前に築くことです。「痴漢出没、注意!」の看板をよく見ますが、痴漢は熊ではないのですから、注意を呼びかける先が間違っています。「痴漢は逮捕、問答無用!」とすれば社会の姿勢もはっきりします。

 女性の行動に責任を被せてきたエネルギーを、女性の安全が守られる環境のために社会全体が協力するということに振り向けるなら、少なくとも性犯罪の助長は止められます。

テーマ:性犯罪・わいせつ事件 - ジャンル:ニュース

はてなブックマーク経由で発見。

★「男の風俗は浮気ではない」という方に質問。【OKWeb質問】
http://okwave.jp/qa3537851.html?ans_count_asc=1

回答者さんへ質問者さんが「奥さんが原因ではないストレスを風俗で発散するというのは逆に自虐的な気がします。バレた時とんでもない目にあうのは男性自身ですから。」と答えていて、本当にそうだよなぁと思いました。

最近、男性問題のなかでも、痴漢・セクハラ・強姦・風俗などを調べているのですが、本質的に問題なのは、ストレスを感じたとして、ある種の男性はそのストレスを「女性」にまつわる性的な何かへと向けて誤魔化してしまう傾向がある事であると思ったので。要するに、自身のストレスを生産的ななんらかの行為や趣味などによって昇華できればいいのですが、どうもそれができない人間のオスが多く、子供や女性に多大な迷惑と損害を与えているわけであります。

合法的な風俗は、店員の女性たちも対価を得て仕事しているという点で他の男性問題と異なっておりますので(でも、合法的であれ、内部においては暴力や性感染症などの問題もある)、ここではいったん脇に置いておきますが、痴漢や強姦やセクハラなどは、相手の女性の人格を傷つける行為であり、法で取り締まられる「犯罪」ですので、事態は深刻であります。

で、話を戻して、風俗と浮気の関係について、質問者さんは、

『問題は「浮気じゃないからいい」ではなく「相手の嫌がることをやって開き直る」
というとこでしょうか。』

と答えていて、私は同感でありました。痴漢・セクハラ・強姦などの「犯罪」を犯す男たちはまさに「相手の嫌がることをやって開き直る」人たちの典型例ですね。

>パートナーの間の出来事って何が正しいかよりも、自分達にとって何が一番大切かですよね?
世の中の基準と外れていたとしても、反社会的なことでない限り自分達にとってどうするべきかが大事でしょう?

そう、お互いの合意がないといけないと思うのです。
質問にも書きましたが「特定の誰か」に対して思っているわけではありません。
こういうところや、メディアで、パートナーの裏切りと取れる行為をされた女性にたいして
「風俗は浮気じゃないから」という説得が まったく理解できません、ということです。
浮気浮気じゃない以前に「傷ついた心」はどうするんだ?と思います。
男は「浮気じゃないからいい」といいますが、それは自己防衛の言い訳で、論点はそこではない、ということにあまりにも気づいてないことが多いと思います。


というのも同意であります。もしも男性側が風俗へ行くことで、女性側が「傷つく」のであれば、それは合意がなかったということの証ですよね。

風俗と浮気の関係については、うちの場合は、私自身が過去にキャバクラやクラブなどの接待へ同行した経験から、キャバクラやクラブというのは(お触りパブ以外は)「単にお話する場所」であり「取引先のひとたちと話す場所」であるというのが、わかっているというのもあり、また、彼のほうで仕事上、接待などで時として必要性があるというのもあり、明確に「いわゆる性風俗はダメだけど、キャバクラやクラブなどはOK」というルールがありまして、いまのところ、このルールは適切に運用されている模様であります。(でも、キャバクラやクラブなどもダメ、という女性もいますので、ちゃんと話し合ってルールを決めるというのが、一番大事ですよね。)

「素人との浮気は嫌だけど、風俗ならよい」とか、「夫にはもう醒めた、しかし生活のために別れたくはないので、風俗で処理してきてほしい」という考え方に基づいた夫婦関係も世間にはあるようですが、そういうのは、妻という立場にある女性が、夫が運んでくるお金やそのほか妻にベネフィットをもたらす何か、に対する執着があるから成立しているルールであって、それはそれで、その夫婦は「お互い様」なんだろうな、と思ったりする。ぶっちゃけ、そういう風になるくらいだったら、ふつうに別れればいいだけだと思うんだけど、そう思わない人もいるわけで、結局、お互いが納得したルールならば、「男の風俗は浮気ではない」という考え方に基づいたルールであっても、それはそれでいいのでありましょう。(まぁ、社会問題としての男性問題というのは、お互いが納得してないどころか、誰も納得してないのに、アタマの悪い男が一人で突っ走ってるから、問題なんだけどね。。)

追記。どうやら元記事が消えてしまった模様。なにか問題でも起きたのかしら。。
テーマ:結婚生活 - ジャンル:結婚・家庭生活

先日、移動中に、友達から借りた自分では絶対に買わないだろう恋愛小説を読んだ。それもやる気を出して短編を2冊。いや、このジャンルが嫌いなのではなく、この作家さんがちとダメなのです。具体的に作者名を出すのはちと怖いので(だってファン多いし)イニシャルだけでYKさんとしておく。

で、感想。読み物としては面白かった。まさに売るために書いているその姿勢はプロフェッショナルそのもの。難しい言葉は一切なくあくまでストーリーで勝負。ストーリーの大本はどれも平凡なものだが(不倫とか略奪とか別れとか)それを各10パターン以上書けるのってすごい。それに、恋愛のことを日々これだけ考え続けられるというのは、すごい才能。

けど、YKさんの恋愛小説の中で描かれている女性像ってのが、ちと怖すぎて、なんだかやはりついていけず。。リアリティを欠いているというのではなく、作りすぎている感じなのかなぁ・・・。ひとことで言えば、こういうことする生身の女はいないだろうなぁと思ったなぁ、ふむ。。いや、もしかしたら私が知らないだけでいるのかも。。もしもいるのならばちと会ってみたい気がした。
テーマ:恋愛小説 - ジャンル:小説・文学

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たとえば、あの人のようになりたい。この写真のこの場所に行きたい。ああいう恋愛がしたい、等等。人は多かれ少なかれ他者が提示したイメージをなぞる。なぞりながら夢をつくる。

というようなことを『建築に夢を見た』(安藤忠雄著)を再読して思ったり。建築という完成したかたちをなぞることで、なぞり続けることで自分のフォームを見つける。つまり、完成したイメージをなぞることで、そのイメージを超えるために、巨匠は旅をするわけだ。ふむ。。(安藤氏は若い頃旅をして世界の建築物を見た)

巨匠と一般ピーポーの違いは、まさに“なぞり方”なのかもしれず。見る人にそういう“夢を見せよう”と意図する作者の作ったイメージを支える力学を、ひとつひとつ丹念になぞり、イメージの構造を分析し解体し組み合わせる。

浅すぎず深すぎない位置へ。過去の巨匠が足を踏み入れた深さよりも、ほんのちょっとだけ深い位置へ。完成されたイメージの残像を、神話を、伝説を、ほんのちょっとだけマイナーな焦点へとずらす。そうすることで、見る者をちょっとだけ困らせる。建築とは(→芸術とは、でもいいかもしれないが大げさなのでここではこれで)まさにコミュニケーションの産物だな、と思う。
建築に夢をみた (NHKライブラリー)
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おすすめ平均
stars建築家の夢を見た
stars建築に魂をいれるには
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テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

世の中には、自覚しているにせよ、していないにせよ、学歴コンプレックスを持っている人がけっこう存在しているようであります。だからなのでありましょう、時として、高学歴な女性は、こういう悩みを友人や知人へ打ち明けることとなるワケであります。

頭から離れない問いの答えを模索したくて進学したのに、「仕事」という尺度で語られると非常に腹立たしいです。「別にいい仕事に就こうと思って進学したわけじゃないんですけど」という説明をする気力もなくなります・・・。(某SNS内の私の日記に頂いたコメント)


私もいわゆるいい仕事に就きたくて進学したわけではなく、単に好奇心を満たしたいという自己満足のために進学したのですが、よく「キャリア志向なんだね」といわれたものでありました。

でも、まあ、こういっては何ですが、こういう反応をしてくるのは8割方アホな男なので最初は無視していましたが、「そんなに学歴あったら学歴ない人となんて付き合えないでしょ?」と言われ、さすがに切れた、という過去がありましたわ~。

で、「面倒なのではっきり言いますと、私は、私より高学歴で高収入であっても、不細工な男性と付き合う気はまったくありませんので♪」と返したら、その相手さまは言葉を失くしていつの間にかその場を去ってしまわれたので、結果から判断すると、この対処法(=「面倒なのではっきり言いますと」攻撃)は、なんらかの効果はあったのでありましょう。

というか、今でこそ私も気にならなくなったけれど(注:一応大学院は出ているけどあんまり「一流」とは言えない大学なので。あ、でも同じ大学出の皆様こんなこと言ってごめんなさい。。)、やはり就職活動のときなどには「この学歴で大丈夫なんだろうか?」などと気になったものでありました。

で、完璧に気にならなくなったのは、記憶によるとインターンシップを経験したときからだったと思う。海外&日本の一流と呼ばれる大学に属する方々としばし某企業で過ごさせていただき、基本的なことに気づいたのであった。

つまり、どれだけ稼げるかと学歴はあんまり関係ない、もしくは、企業に収益をもたらす人材は必ずしも一流大出ではない、ということに。要するに、ポイントは、「他者への貢献」ってことなのでありましょう。所属している企業を儲けさせ、取引先を儲けさせ、自分もたんまり儲ける。稼ぐ。これがおそらく、この種のコンプレックスには一番効果的な克服法かもしれません。というか、今コンプレックスあるのは、今月の稼ぎは少ないってことだよな、あぁ、来月は稼ごう。。

それと、もう1つは、こういう面倒なコンプレックスをもたないためには、あらかじめ「一流大学を目指す」ってのが根本的解決法なのかもしれません。 知人に、日本で一番とされている大学院を出たものの「日本で一番なんて意味がない。日本一、という言葉に時として悲しくなる。」という人がおりまして、まぁ、もしもこれから大学や大学院へ進学を考えている方おられましたら、ぜひとも「世界一」の場所へ飛び立ったほうが良いですよ、と私は思います。東大、博士課程の授業料「ゼロ」・頭脳流出歯止め狙うなど、一部の大学での取り組みはありますが、授業料ごときの金額で「世界一」の場所をあきらめてしまうのは、もったいないことであります。M・ウェーバーの遺言・容赦ない競争を覚悟(6/28)などもぜひとも参照してくださいませ。

あと、念のため書いておきますと、コンプレックスを持つのは人間として正常であります。そもそも、異様に自己愛が強く、何の根拠もないのに「自分が一番!」と思い込めている人は、他者から見れば、良く言えば「おめでたい人」であり、悪く言えば「人格障害の人」であります。そういう人たちは、表面上は完ぺき主義であり、また時として完璧な人に見えることもあるものの、彼らの内面へと分析を施していけば、自ずから、彼らが秘めているつもりになっていたコンプレックスの正体が表出化してくるわけであります。

まあ、ですので、なんていうか、コンプレックスある人間のほうが、「人間性」という観点からすれば好ましい存在なわけです。大事なことは、そのコンプレックスを誰かに打ち明けられるかどうか、なのでありましょう。
テーマ:働く女性 - ジャンル:就職・お仕事

宙船(そらふね)は、中島みゆきさんの曲。
これら(↓)をどっちも聞くと、ここまで人によって表現力って違うんだな、としみじみ思う。
中島さんは偉大だ。

★中島みゆきバージョン。


★TOKIOバージョン。


ついでに最新アルバムのPV。

I Love You,答えてくれ
ヤマハミュージックコミュニケーションズ
中島みゆき(編曲)瀬尾一三(編曲)中村哲(編曲)小林信吾(編曲)
発売日:2007-10-03
おすすめ度:4.5

テーマ:YouTube動画 - ジャンル:音楽

鬼束ちひろさんが、パティ・スミスをカバー。

★Chihiro Onitsuka (鬼束ちひろ) - Because The night

★Patti Smith - Because The Night


トゥエルヴ
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
パティ・スミス(アーティスト)
発売日:2007-04-18
おすすめ度:4.5



テーマ:YouTube動画 - ジャンル:音楽

ついでにSocalled関連。

★Socalled - You Are Never Alone


★Socalled sings "(These are) The Good Old Days"


★Socalled - You are never alone - Live Paris Point Ephémère 1

Ghettoblaster
Label Bleu
発売日:2007-06-12


テーマ:音楽 - ジャンル:音楽

14日に発売されたCraig Davidのアルバム「TRUST ME」。いやあ、もう幸せ♪解説なんて必要ないですな、気持ちイイですわ、これは。アルバム全部持ってるファンとしても、大満足でした。

「TRUST ME / トラスト・ミー」(ワーナー・ミュージック・ジャパン)
アルバムの試聴が可能。

ついでにYouTubeより、いくつか名曲を。
★Craig David - Hot stuff (let's dance) Live performance


★Kano ft. Craig David - This Is The Girl (Official Version)


★Craig David ft. 50 Cent - Hot Stuff (Ayo Technology Cover)


★Craig David - Don't Love You No More (Acoustic)


Trust Me
WEA International
発売日:2007-11-20


テーマ:男性アーティスト - ジャンル:音楽

この前、母親と話していたら、私の高校時代の恩師の話になった。母によると、二者面談のときに、当時の担任は「数学が好きな○○○(職業名)がいてもいいんじゃないですか。」と何気なく言ったらしく、母親は「その言葉が今でもすごく心に残っているのよねえ~」「すごく良い先生だったわよねえ~」と言っていたんだけど、そんなこと、わたし、初めて知ったわ。。

聞いたときは少し驚いたけれど、改めて考えてみたら確かに、あの先生なら言いそうなことだなぁと思った。。当時の担任は数学が専門で、今思えば、かなり紳士的な人であり、博識だけれどそれを全く鼻に掛けない人だった。高校生の頃、なにを思ったか私は理系コースを選択し、これも何を思ったか理由は忘れたが工学部進学を希望していて、かといって、あんまり勉強熱心でもなく、バイトや恋愛に明け暮れる至って普通の高校生で(まぁ、普通、というか、どっちかというと不真面目な生徒の部類ですね。。)、結果的に工学部進学ではなく、これも何を思ったか忘れたけれど何故か経済学部に入ってしまい、さらに血迷ってそのまま院に進んでしまい(汗)、かといってそのまんま博士号目指すのは私らしくないなあと思い社会に出、なんやかんやで現在に至るわけなのですが、現在、わたしはその先生が言った言葉の通り○○○(職業名)で、数学が好き、というわけではないけど、美は数学的に構成されている、というようなことを、常々感じている。T先生の予測は、そのまんまではないけれど、当たったなぁ、と思った。。その恩師を思い出すとき、なぜか私はポパーのこの言葉を連想する。

真理に近づくことは容易ではありません。ただひとつの道、つまり、われわれの誤りを通っていく道があるのみです。われわれの犯した誤りからのみわれわれは学ぶことができるのです。そして他人の誤りを真理への歩みと評価する用意のある者、自分自身の誤りをさがして、それから解放されようとする者だけが学ぶのであると言えましょう。


『よりよき世界を求めて 』(カール・ポパー著/ポイエーシス叢書)p.234より
テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記

しかし、ここ最近は、「正しさ」を主張しつつ、人に語りかける言葉としては余りにも失礼な言葉を使う方に遭遇する機会が多い。。そのたびに、私のアタマのなかでは、みゆき姉さんのこの歌が響く。

悪い人などいないだなんて あいにくですが頷けません
正しい人こそいないんじゃないか カンペキ正しいってどういう人だ
争う人は正しさを説く 正しさゆえの争いを説く
その正しさは気分がいいか
正しさの勝利が気分いいんじゃないのか
つらいだろうね その一日は
嫌いな人しか 出会えない
寒いだろうね その一生は
軽蔑だけしか いだけない
正しさと正しさとが 相容れないのはいったい何故なんだ?
Nobody Is Right! Nobody Is Right!
正しさは 道具じゃない

♪Nobody Is Right(中島みゆき)


多くの場合、この歌がアタマの中を流れつつ、「正しさ」で争おうとするお客サマ・取引先サマに対して、こちらは適切度7(10段階評価)くらいで普通に対応しそれなりにまともに終わるものの、時々ふと、謝罪を求めたほうがわたしは「納得」できたかしら?と考えたりする。

ストレスと呼べる程には大きくない微細なストレスではある。でも、こういう些細なストレスが積み重なって、大きな一塊のストレスになっていくのだとしたら、小さなストレスを貯めないのはもちろんのこと、何らかのストレスを感じたとき、「なにを相手に求めるか?」こそ重要ポイントなのかもしれないと思ったりする。

で、こういうとき、相手がどうすればわたしは「納得」するかしら?と自分に質問してみることにしているワケであります。以下、ちょうど休憩時間ですし、思ったことをダラダラと文字化し、早めにスッキリする、という試み(笑)。
テーマ:お仕事 - ジャンル:就職・お仕事

少子化問題記事がむなしく響くわけ(2005/01/31)【愛と苦悩の日記】より。元エントリは「少子化問題」についてなのですが、これは「セクハラ問題」にも通じるものがあるな、と感じた。。

>個々の企業に改善を呼びかけるような少子化問題の記事は、まったくの的外れだ。少子化問題とは、その99%が男性である企業経営者の考え方の問題、社会慣習の問題、文化的な問題なのである。少子化問題の改善を呼びかける新聞記事やコラム、社説が虚しく響くのは、その記事を書いている人々自身が「こんなこと書いてもムダだろうねぇ」と、すでにあきらめているからだ。そのあきらめは、記事が客観的で、社会全体に呼びかけるものであればあるほど、行間からにじみ出る。

ひとつ提案なのだが、マスコミが少子化問題をとりあげるときは、必ず自分の会社だけを標的にするということにしてみたらどうだろうか。大学教授が少子化問題に関する論説を新聞に載せるときも、自分の所属する大学しか批判の標的にしてはいけないということにしたらどうか。そうすれば少子化問題については非常に絶望的な記事しか書けなくなるだろう。それでこそ少子化問題の真実に迫っているのだ。


前々から個別企業の問題を「すべての企業の問題」と一般化して扱うのは、ちとアレだよな、とは思っていたし、またセクハラ対策については、対策するにしてもその対策の「厳重レベルの決定」(=どれだけマジメに取り組むか?)に関しては「企業経営者の考え方」こそが重要過ぎるほど重要だとは感じておりました。で、勤務中以外は、自分のできるコトから始める、という意味で、身近にいる経営者男性には事あるごとに「説教」しているのだが、やはり言わないよりは効果はある模様。なぜなら、言われないと事の重大さがわからないからである。
テーマ:経営 - ジャンル:政治・経済

最近、夜な夜な、ミシェル・ウエルベックの『闘争領域の拡大』を読んでおりましたが、ようやく精読完了。

なぜこの本を読み始めたかというと、ちょっと前に、わたしが最近凝っている男性学研究について彼(まぁ、夫なのであるがこのブログでは彼で通しますw)に話したら、「おお、それは凄まじい!ウエルベックを超える試みだなぁ~」を言われ、ウエルベックを読んだほうが良いらしいことがわかったからである。(ウエルベックの著作は彼に借りた。)

ウエルベックは『素粒子』(ちくま文庫)という作品が特に有名で、最新の日本語訳作品は『ある島の可能性』。すべてにおいて「性的魅力の格差」を描いているフランスの作家である。で、今回読んだ『闘争領域の拡大』は、どういう作品かというとこういう感じ(↓)。

完全に自由なセックスシステムになると、何割かの人間は変化にとんだ刺激的な性生活を送り、何割かの人間はマスターベーションと孤独だけの毎日を送る。経済の自由化とは、すなわち闘争領域の拡大である。それはあらゆる世代、あらゆる社会階層に向けて拡大している。同様に、セックスの自由化とは、すなわち闘争領域の拡大である。それはあらゆる世代、あらゆる社会階層に拡大している。」(P112『闘争領域の拡大』)


テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

★日本は絶対マネするな! 世界のベストホテル、100位以内にタイから5館=米雑誌の読者投票
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2007/11/1005_faf7.html
このかた、口調はちとアレだけど、言ってる事それ事態は、特に「白人ツーリストがアジアに期待するものは決して対等な人間の存在ではない」というのは非常にわかる。わたしも、タイやインドネシアに行ったとき、そう感じされる光景(白人ツーリストと現地の女性のカップルの不自然な行動など)を眼にしたし。

といっても、私個人はアジア系だからという理由で差別されたこともないし、逆に言えば、差別されたという認識に至らざるを得ない深刻な差別を受けた経験はないので、より正確には、わかる、というよりも、白人嫌いであると自己定義しているアジア系人種が、なぜ白人嫌いになったのか、そこに至るまでの経緯がわかる、という感じ。この方は、現地で白人が「優遇」を受けているのを見たり、白人にドツカレたり水をぶっかけられたりしながら、「差別されている」という感覚を見につけたのだろうなぁと思う。本当に悲しくなる、人種差別って。

あんまり細かく描写すると暗くなるので書かないけど、人種の問題は、言葉にするのを躊躇うくらいに、複雑。ジャングル・フィーバークラッシュ。もちろん、映像でさえも、届かないからこそ、問題化されているんだけど、なんか、悩ましい。
クラッシュ
東宝
サンドラ・ブロック(俳優)ドン・チードル(俳優)マット・ディロン(俳優)ブレンダン・フレイザー(俳優)テレンス・ハワード(俳優)サンディ・ニュートン(俳優)ライアン・フィリップ(俳優)ポール・ハギス(監督)ボビー・モレスコ(脚本)
発売日:2006-07-28
おすすめ度:4.5

でも、これは、
http://iscariot.cocolog-nifty.com/kuantan/2006/09/post_8532.html
「次に白人は必ず、そこに作り上げた自分たちの空間を外部に向けて拡大しようと働きかける。これは、白人文化に刻印されたコロニー作り・植民地主義の志向性にほかならない。」
白人でなく、「おとこ」というカテゴリーに当てはまることかなあ、と思った。
日本人男性が、海外でも、日本独特のキャバクラやクラブを建設しているのと同じ原理。
テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

おお、男女の人口差が原因で、こんな事態が予測されるなんて。。
中国の「年ごろ」男性、女性の数を1800万人上回る 2007年 11月 14日 10:24 JST【ロイター】

[北京 13日 ロイター]
 中国で「年ごろ」とされる結婚できる年齢の男性の数が女性の数を1800万人上回っていることが分かった。伝統的に男児の誕生が重んじられる中、性別を選択した上での人工妊娠中絶の影響を受けているとみられている。新華社が13日に伝えた。

 国家人口・計画生育委員会の張維慶主任によると、全国平均では女児100人に対して男児約119人が誕生。地方では、女児100人に対する男児の数が約122人に上昇する。中国では胎児の性別を判断する超音波検査は違法とされているものの、多くの親が金銭を支払って検査サービスを利用。同主任は、中国政府が今後も違法な検査の取り締まりを行うと述べた。

 同国では、2020年までに男性の数が女性を3000万人上回ると予測されており、政府は、男女の数の不均衡が拡大することにより結婚相手の見つからない男性による反社会的、暴力的な行動が増える恐れがあると警告している。


しかし、なんだか、すごいなぁ。。「結婚相手が見つからない」からといって「反社会的、暴力的な行動が増える恐れがある」とは。。論理が飛躍しているように思われるが、なんとなく、そう予測したくなる気持ち、わかる気がします。。
テーマ:中国問題 - ジャンル:政治・経済

男性学研究のために『XY―男とは何か』 (エリザベート バダンテール 著) という本を購入すべきかどうか迷い、書評をネットで探していたら、

母親と息子の関係-フェミニズムの視点から
女性ライフサイクル研究所 窪田 容子


という論文を発見。この論文の主張が正しいかどうかはわかりませんが、「母親と息子のゆがんだ密着-母親の人生の代行と心理的インセスト」など、興味深い小見出しが目に入り、少しだけ読んでみました。以下、途中途中をメモ。結論。発行年度が1997年と古いのが気がかりだったのですが、とりあえず、この本(『XY―男とは何か』)購入決定。

また、E・バタンテール(1997)によると、母親が息子に重くのしかかればかかるほど、息子はますます女性を恐れ、避け、抑圧し、そういった母親が女性差別主義の息子を生み出すという。

母親の側は無意識に行っていることが多いであろう。このようにされた子どもは、子どもとしての愛や養育や安全を奪われ、母親の欲求を満たす対象となり、利用されているわけであるので、怒りや恨みをためている。女性に対する深い恨みを持ちながらも、自らの子ども時代が奪われた痛みには向き合えず、今なお母親にコントロールされ続け、その恨みや恐怖を、恋人や妻をコントロールしながらぶつけていると考えられる。結局、母親による排他的な子育ては、息子のみならず、女性をも不幸にしているといえる。

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ためになったのでメモ。会計監査院に対しての、「問題を指摘しただけで終わるのではなく、不正を繰り返させないために制度の改善を強く求めるべきでは」「不正を繰り返させないために、責任を追及する強い姿勢を示すべき」など、建設的意見がわかりやすく書かれている。
時論公論「税金のムダ遣いをなくすには」

アメリカをはじめとする先進諸国では、基本的な会計経理については、各省庁の内部監査でしっかりと目を光らせ、検査院はより重要な事業評価に軸足を移しています。しかし、今の日本の内部監査はあまりにおぼつかないのが現状です。身内に甘くなりがちな内部監査を十分に機能させるためには、監査部門を独立させて、大臣直属の組織にし、スタッフも外部の専門家を雇うなど、大胆な組織改革も必要になってくると思います。

厳しい財政状況の下、消費税の引き上げなど、国民にさらに多くの負担を求めようという動きが広がり始めています。しかし、そのためには、歳出をこれ以上、削れないというところまで削り、国民の納得を得ることが大前提です。公務員の不祥事が相次ぎ、税金の使い方に対する国民の不信感は高まる一方です。そうした不信感を拭い去ることができるのか、国民の厳しい視線は、税金のお目付け役としての会計検査院にも注がれていることを忘れてはならないと思います。

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『性別特性論に基づいたジョン・グレイの恋愛本にハマっている理系女性と「愛の意味」について対話してみた』を書いた関係で、「ジョン・グレイ」をキーワードにココに訪れる方がいるようなので、再びジョン・グレイをネタに。

結論から言いますと、タイトルどおり、ジョン・グレイはニセ学歴保有者であります。前回も書きましたが、日本において、ジョン・グレイの著書のなかで最も有名なのは『ベスト・パートナーになるために―男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール 男は火星から、女は金星からやってきた 』(知的生きかた文庫)であります。で、事の真偽を確認するために、まずはジョン・グレイの学歴をみてみると。
http://www.amazon.co.jp/Mars-Women-Venus-Book-Days/
dp/product-description/0060192771

In 1982 received his doctorate in psychology and human sexuality from Columbia Pacific University.


Columbia Pacific University、とありますね。このニセ大学の詳細を知りたい方は英語版のwikipediaをぜひご参照ください。
http://en.wikipedia.org/wiki/Columbia_Pacific_University
次に、“John Gray phony Ph.d”で検索してみませう。(もちろん日本語のみじゃなくて「ウェブ全体を検索」で。)すると詳細な情報がたくさん出てきます。以下、Yale Daily Newsの記事より引用。

Diploma mills deserve their own rankings【Yale Daily News】

Most Famous Alumni: Columbia Pacific University. Dr. John Gray, best-selling author of “Men are from Mars, Women are from Venus” has a Ph.D. from this now-defunct California-based school. Blogger Kieran Healy summed it up nicely: “Men from Mars, Women from Venus, PhDs from Uranus.”


ということで、まとめますと、ジョン・グレイは「人気の恋愛本の著者」ではあるけれども、「博士」という学歴を保有しているわけではなく、その知識は学術的な正確さに基づいていないので、彼の著書に書かれていることをそのまんま実行したとしても何の解決にもならないかもしれないよ、という感じです。

というか、この著者の本、著作物をすべて合計したら、かなり売れている部類に入りますし、わたしも読んだことあるのですが、どうしても「あれ?」って思う箇所があったんですよね。いわゆる「男と女の性質や本質は異なる」というような性別特性論に基づいたエッセイとして読むぶんには、問題ないと思うのです。

もちろん、『広義の意味において』「男と女は違う」というのはある程度どんな方でも納得すると思うのです。なぜ日本では女性のほうが長生きするのか、とか、なぜ世界各地において犯罪者たちの割合は男性のほうがダントツに多いのか、などの視点からいけば「男と女は違う」になりますよね。

が、個々人の関係である「恋愛」の場面となると、男女差よりも個体差からの影響(性格や嗜好や趣味や信条など。)のほうが大きくなりますし、ムリあるな、と。ちなみに、ジョン・グレイの本を過去に恋人と一緒に読んだことあるのですが、明らかに私は「男性の特徴」に当てはまってしまい、彼も「男性の特徴」に当てはまり、なんだかな、と笑った思い出があります。。以下、関連記事。

"Ph.D."?Where Did John Gray Get His Ph.D.?
Relationship gurus have "totally worthless degrees"
日本語記事ではこちら(↓)が詳細。
通信教育で博士号がとれる↑【北米留学上級技術マニュアル】
ニセ学位問題――米政府職員に大量の該当者
「463人の政府職員が、正規の認可を受けていない3つの大学――ケネディー・ウエスタン大学、カリフォルニア・コースト大学、パシフィック・ウエスタン大学――で学位を取得していたことが判明」とのこと。
ディプロマミルの抗弁と閉鎖命令
「米国では裁判所の閉鎖命令により、これまでにリンカンインターナショナル大学、マンハッタン大学、サザンパシフィック大学、スタントン大学、コロンビアパシフィック大学を含む数多くのディプロマミルや非認定大学が閉鎖させられている。」とのこと。
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日本には私立大学は多すぎるし、そのため無能な学者を大量に抱え込まなくてはならなくなっている現状がある以上、この本は良書だとは思う。個人的にはオーストラリアのように私立は2校くらいがちょうど良いと思っているし、少なくとも私立大学への公金投入はゼロにすべきだとも思っている。

のですが、やはり理系の方だからなのか、フェミニズムへのツッコミが甘すぎるかな、と思いました。。特に、「お嬢様専用車両」は、フェミニストでなく一般の方々でも「それはないだろう」と思ってしまいますので、書かないほうが良かったんじゃ、と。。女性専用車両というのは「加害者の99.9%が男性である」からこそ導入されているわけです。ですので、そういう要らないことを書いてしまうと、マトモな女性読者を獲得できませんし、何よりも人格を疑われかねないので男性の著者は気をつけたほうが無難かと思います。

それと、本著の指摘通り、フェミニズム側からすれば、理念を実現するための手段として行政に入り込んだ、となるワケです。でも、実のところは、フェミニズムこそが「目的達成のための隠れ蓑」として用いられているんですよね、日本経団連をはじめとする財界に。。。なぜなら労働力不足だから。。また、フェミニスト学者の中には「私たちの運動の結果、女性の地位が向上した」と考えていると見受けられる人がたまにおりますが、フェミニズム思想が行政に介入できるようになったのは、女性が社会進出できるようになったことの「結果」であって、原因ではありません。原因は、経済構造の変動であり、肉体労働の経済的価値よりも頭脳労働のそれが大きくなったからです。そこらへんまで踏み込んでもらえると、もっと良かったかな、と思いました。

あと、「女性の社会進出と出生率は相関関係にある」というデタラメな言説について、フェミニズムだけでなく経済学者も関係していた、と読める記述がありましたが、それはちと早合点です。たとえば、かつて「ミスター円」と呼ばれた元大蔵官僚で現経済学者の榊原英資氏は、そういった言説が出始めてから現在に至るまで「それはデタラメですよ♪」「ありえないですよ♪」と主張し続けております。もしもあのトンデモ言説に追従した経済学者がいたとしたら、その人は単なるトンデモ学者であります。(少なくともマトモではない。)
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71歳の老人だそうだか、こういう人が総長だなんて、職員も学生も、本当に迷惑な話である。

大学など45校のグループ総長 強制わいせつ容疑で逮捕 2007年11月14日(水)13:22
学校法人グループ代表を逮捕=強制わいせつ容疑-福岡県警
2007年11月14日(水)12:42

同容疑者らは女性職員に「おまえが黙っていればどこにも漏れない」などと圧力を掛けていたという。同課などは、都築容疑者のセクハラ行為は以前から頻繁に行われていたとみて、余罪を追及する。 


なんか、いっぱい余罪ありそうな。。。
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