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しかし、ここ最近は、「正しさ」を主張しつつ、人に語りかける言葉としては余りにも失礼な言葉を使う方に遭遇する機会が多い。。そのたびに、私のアタマのなかでは、みゆき姉さんのこの歌が響く。

悪い人などいないだなんて あいにくですが頷けません
正しい人こそいないんじゃないか カンペキ正しいってどういう人だ
争う人は正しさを説く 正しさゆえの争いを説く
その正しさは気分がいいか
正しさの勝利が気分いいんじゃないのか
つらいだろうね その一日は
嫌いな人しか 出会えない
寒いだろうね その一生は
軽蔑だけしか いだけない
正しさと正しさとが 相容れないのはいったい何故なんだ?
Nobody Is Right! Nobody Is Right!
正しさは 道具じゃない

♪Nobody Is Right(中島みゆき)


多くの場合、この歌がアタマの中を流れつつ、「正しさ」で争おうとするお客サマ・取引先サマに対して、こちらは適切度7(10段階評価)くらいで普通に対応しそれなりにまともに終わるものの、時々ふと、謝罪を求めたほうがわたしは「納得」できたかしら?と考えたりする。

ストレスと呼べる程には大きくない微細なストレスではある。でも、こういう些細なストレスが積み重なって、大きな一塊のストレスになっていくのだとしたら、小さなストレスを貯めないのはもちろんのこと、何らかのストレスを感じたとき、「なにを相手に求めるか?」こそ重要ポイントなのかもしれないと思ったりする。

で、こういうとき、相手がどうすればわたしは「納得」するかしら?と自分に質問してみることにしているワケであります。以下、ちょうど休憩時間ですし、思ったことをダラダラと文字化し、早めにスッキリする、という試み(笑)。
うーん。必要なのは、謝罪じゃないかも。相手が、「すみませんでした」「失礼しました」と謝罪したとしても、わたし、あんまり嬉しくもないし、楽しくもない(笑)。

コミュニケーション不全のひとに、言葉だけで謝罪されても意味がないと私はどこかで思ってるし、むしろ、口先だけの謝罪を好まない人のほうが多いと思う。犯罪被害者の家族だったら、どう謝罪されても許すことはできないだろうなあ。。

と書いたところで気づきましたが、最初から、ふつうに話し合えれば全然問題ないし、それが一番。よって一番は「まともな対話」。

しかし、これを最初から望むのは、酷かも。。今回のかたは、ご気分が悪かったか何だか理由は不明だけど、なぜかネガティブ口調で、論理的に考えてありえない、と言いながら、論理性が欠落しており、自己正当化する方向性へいっていたような。。内心、「この人、性格ゆがんでるなぁ。。。」と思ったりもしたけど、まぁ、それは人格攻撃と受け取られかねないリスクがあるので、失礼な態度は止めてくださいね~、不快ですわ~、と告げることで、私もあなたと同じく感情ある人間である、という点を何気に示し、まぁ、なんとかふつうに終了したたわけなのですが。

うーん。ああ、書いているうちに、休憩時間が。。。(続きはまたの機会に。。)
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