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以下、昨日に引き続き、これ(↓)からメモ化。私個人の考えは、これ(↓)を書いた方とは、微妙に異なりますが、おそらく、この人の考え方のほうがアメリカでは主流だと思われる。
ちなみに、リバタリアニズムと一口でいっても、各リバタリアンの考えは当然ですが同じではありませんし、むしろ共産主義や全体主義とは異なり、多様性を内包している思想であります。全てのリバータリアンたちに共通しているのは「自由市場」を徹底的に擁護する点であります。あと、たまにネット上で、リバタリアニズムを新自由主義だと勘違いしている人を見ますが、新自由主義とは異なりますので、勘違いしないように。

★第 十章 現代の諸問題(Contemporary Issues)(D.Boaz : Libertarianism A Primer の第10章よりの翻訳(邦訳「リバータリアニズム入門」の未収録文)
古村治彦 翻訳
http://www.soejimatakahiko.net/nlm/shomondai1.htm



「いかなる人間にとっても、自由(freedom)は善である」とする概念は、私たちが何の異論もなく受け入れることができる唯一の概念である。一方、私たちが生きている現実の社会には、家庭崩壊、環境破壊、暴力犯罪などの諸問題が氾濫している。こうしたことから、自由という概念を突き詰めていくと、社会に氾濫する諸問題を解決する場合には、政府はいかなる役割も果たすべきではない、という結論が導き出される。多くの人々はこの結論を受け入れることができず、リバータリアンになることを諦めてしまうようだ。

しかしながら、それでも結局、人々はリバータリアニズム(Libertarianism)を支持することになるだろう。何故ならば、政府は、社会に氾濫する諸問題を解決することができないからだ。それどころか、実際には、政府自身がこれら諸問題の発生原因となってしまっている。リバータリアニズムは、それに対して、民衆に対して強制的な存在でしかない現在の政府と比べても問題解決に向けてのより良い枠組みを提示することができる。そこで、これから、その枠組みを議論する。

もちろん、私たちがこれから議論する枠組みは、決して、政策上の、もしくは上記した社会的諸問題に対しての、リバータリアニズムが提案するいくつかの解決策を押し売りするためのものではない。この章の後ろの方でも書くが、結局のところ、これら社会的諸問題の様々な原因について議論することは、それだけより多くの問題についてより深く議論することになる。

社会的諸問題への具体的な政策を扱っている本であっても、政策上の議論の全てに対して焦点を当ててはいない。公共政策に対するリバータリアニズムからのアプローチは、決して机上の空論などではなく、実際に多くの問題に応用することができる問題解決の技術なのである。

この章における提案の多くは、「オムレツを、卵をかき混ぜる前の状態に戻そうとする(unscramble the omelet)試み」即ち、「肥大化した政府が原因となって、現実世界で発生している多くの諸問題」に対して、リバータリアニズムが掲げる諸原理を応用しようとする試みなのである。私たちの目的は、ただ単にリバータリアニズムが目指している目標を明らかにすることではない。それよりは、もっと大きく、本来の自由社会、という私たちが目指すべき大きな目標に導く道を明らかにすることに他ならない。

私たちは、次の3つの要素をはっきりさせることから議論を始めることができる。その3つの要素とは、人々を、リバータリアニズムの考えに対し、懐疑的にし、何でも政府主導の方が、社会的、経済的目的が達成されやすいのだ、とする考えを支持するように仕向ける諸要素である。

まず一つ目は、「自由社会がどれほど豊かに発展してきたかを、人々に認識させないようにすること」である。それらの諸問題とは、貧困、環境汚染、そして人種差別などである。それでもなお、私たちは、経済やその他の分野で人類が、本当の進歩を遂げてきたことを見過ごしてはいけない。私たちは、この本当の進歩を、自由市場(free markets)と、法の支配(the rule of law)を通して認識するのである。

二つ目は、「真実をスナップ写真的に見ること」である。社会の特殊な部分を見過ぎてしまうと、「問題を解決するために、今すぐ行動が必要だ」と、私たちは思ってしまう。しかし、私たちには、その前に慎重になって、経済的、社会的変化を引き起こす「様々な過程」を理解する必要がある。私たちは、 AT&T社が、4万人もの解雇者を出したと聞くと不安を抱く。しかし、アメリカの各企業が、昨年1年間で、総計で200万人分の雇用を創出していることを、私たちは知ろうとしないのだ。

三つ目は、「家父長的温情主義的(Paternalism)について」である。私たちは、自分の周りの人々が、賢い優れた人生選択をすることなど出来ない、とする見方を余りにも広く受け入れている。それどころか、私たちは、政府に向かって私たちの代わりにもっと「私たちの人生に関して上手な決定を行うよう要求」したりする。

私たちの多くは、他の人々が彼らの子供たちにとっての良い学校を選ぶことができず、適切な薬を選ぶこともできず、合理的な経済的決定を行うことすらできないのではないかと心配してしまうのである。こうした誤った考えに留意しよう。そして、個人の責任(individual responsibility)、財産権(property rights)、法の支配(rule of law)、競争による意思決定(competitive decision making)などの大切な諸原理とを心に留めよう。そうすることで、私たちは、これから、現代の政治的諸問題とそれらの解決法について緻密に論究することができるのである。


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