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以下、ミシェル・ウエルベックの『素粒子』(ちくま文庫)の第1部を引用メモ化。(3部構成の小説です。)

まず、この小説の時代背景を説明しますと、60年代後半から80年代くらいまでのフランスを舞台にした話であります。70 年代前後、フランスにおいて、デンマークとスウェーデンを手本として進められた社会民主主義政策は、今年、サルコジ政権の誕生とともに、誰も口には出さないものの「失敗」だったことが判明したわけですが、なぜか、日本では、未だに、その失敗した社会民主主義路線を実現しようしていている人たちがけっこういるわけであります。

「何を言うのだ?サルコジなんてダメだよ。政治の荒廃だよ~。」という意見の方も多いと思いますので念のため書いておきますと、選挙結果を民意とすれば、サルコジが大統領になれたのはまさしくフランス国民の民意の結果であります。サルコジ政権の誕生という事実を無視して、未だに社会民主主義を「望ましいもの」として何も知らない国民に広めようとしている日本の政治家並びにアタマがお花畑の平和ボケした愚民は、少なく見積もっても勉強不足過ぎますし、北欧を美化しているどころか、「フランスにさえも行ったことないのかな??」と不思議に思います、正直。(もしくは、現地に行ったことがあるにしても、議員や公務員向けにアレンジされた何とか勉強ツアーみたいなお膳立てされた観光旅行でしかなくて、ふつうのフランス人と話したことがなのかな、と。)

なぜ、フランスで社会民主主義が失敗したかと言えば、答えはけっこう単純で、「優秀な人たちがフランスを捨てたから」であります。資本主義の精神に適合した人たちにとっては、自分たちの能力をまったく認めないフランスの経済的平等なんてクソだったのであります。だから、彼らは、フランスから出て、自分たちの能力を適切に評価してくれる場所を求めてイギリスやアメリカや日本へと渡ってしまったわけであります。たとえば、Florent Dabadie氏もその一人みたいですね。フランス大統領選挙前に書かれた氏のブログより引用しますと次のとおり。

April 20, 2007 フランスの大統領選挙

大事というのは、現在のフランスは明らかに苦しんでいる。
経済の停滞、社会問題、EUとも上手くいかない。
フランス人が自分の国に夢を失ってしまいましたようです。
その結果に私のように海外に行く方々が多い。

たとえば、仕事といえば、海外なら新しいビジネスを立ち上げる過程はフランスに比べてとても簡単で負担が少ない。治安も含めて子供を育つにもフランスは理想的な環境にほど遠くなりました。心理的に、フランス人が常に過去の栄光に酔っている姿も将来への悲観や不安に繋がる気がする。

過去の遺産、文化、アイデンティティを常に守って、世代から世代へ伝えることは大事ながら、将来へのクリエーティブ性、積極性も大事。フランスは一時素晴らしい環境(自然と資源も含めて)、歴史、文化、教育、経済に恵まれたものの、常に過去の偉業に酔って生きていられない。

(中略)ただバランスが必要…
そう、今のフランス人はほとんど6割バカンス4割仕事で考えている。
フランス現在の経済や社会の問題の大きいな原因は「労働35時間法」だと思う。
「ワーク・シェアリング」という言い訳や綺麗事の裏に、怠けがあると思う。実際失業率を減らす政策と言われながら、失業率はひどくなりました。そしてそのバカンス、つまり「休む」時間を守りたいフランス人は一年中にストーとストライキばかり。

かえって、失業率がほとんどなくなったアイルランド、イギリス、北欧などに、少なくとも週45時間労働で成り立っている。
いずれにしても、一番大事なのは仕事をしたい人を制限しないこと。
今のフランスは仕事をやりたくても、残業などができない。


その結果、沢山のアイデアがあって、情熱をもって、積極的に働きたい人は次々と海外へ逃げる。フランス人のブレーン、大先生、アーティスト、みんなは海外流出。


国がどんな主義・政策を採用するにしても、不満があればDabadie氏のような人は海外脱出しますし、それはフランス人であれ日本人であれ変わりません。実際、日本から海外へ逃げる人たちは年々増加しています。ただ、もしもサルコジ大統領が、シラー先生の言うような路線(↓)に変更した場合、やる気のある人たちは戻ってくるかもしれません。

フランス新大統領の問題点 資本主義は投機、愛国心とは無縁
* 2007年5月7日 月曜日  * ロバート・シラー

ああ、前置きが長すぎました。。ただ、『素粒子 (ちくま文庫)』という小説は、経済的平等政策そのものの是非、ではなくて、経済的平等がある程度達成された社会においても、人間というのは「差異」を求めてしまう動物であり、その差異とは、多くの場合、セックス面での差異である、という点に、焦点を当てた作品。 一言で言えば、非モテ文学ですな。以下、ようやく、引用。

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ブリュノは洗面台にもたれかかっている。パジャマの上着は脱いでしまっていた。白い腹が陶器の洗面台にせり出している。ブリュノは十一歳。毎晩そうしているように、歯を磨こうとしているところだ。何事も無く歯磨きを終えられたらいいのだが。しかしヴィルマールが近づいてくる。最初は彼一人がやってきて、ブリュノは怖くて震えながら後ずさりする。これからどうなるのかはほぼわかっている。「やめてくれよ・・・・・」とブリュノは弱弱しく言う。

プレも近づいてくる。瀬は低いががっしりした体つきで、おそろしく強い。プレはブリュノに強烈なビンタを食らわせ、ブリュノは泣き出す。プレとヴィルマールはブリュノを床に押し倒し、足をつかんで引きずっていく。便器のそばまできて、ブリュノのパジャマのズボンを脱がせる。ブリュノのペニスは小さくまだ子供のままで、毛も生えていない。二人ががりでブリュノの髪をわしずかみにし、無理やり口を開けさせる。プレがブリュノの顔に便器掃除のほうきを押し当てる。糞の匂いがする。ブリュノは声を上げる。

ブラスールがそこに加わる。ブラスールは十四歳、第六学年で一番の年長だ。ブラスールが自分のペニスを取り出す。ブリュノの目には太く、巨大に見える。ブラスールは仁王立ちになってブリュノの顔に小便をかける。前の晩はブリュノにペニスをしゃぶらせ、それから尻をなめさせた。だが今晩はそういう気分ではないらしい。「ブリュノ、お前のちんぽこは丸裸じゃないか。」ブラスールは馬鹿にした口調で言う。「毛が生えてくるようにしてやらなきゃな・・・・。」彼が合図すると、他の二人がブリュノのペニスに顔剃りクリームをぬりつける。ブラスールはかみそりを取り出す、刃をブリュノのペニスに近づける。ブリュノは恐怖のあまり糞をたれてしまう。(p60-61)

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男子生徒というのは、とりわけひとたび従党を組みと、一番弱い者たちを辱め、虐待しようとばかりするものだ。ことに思春期前期において、彼らの残酷さは恐るべきレベルに達する。法の支配の下に置かれないとき、人間がいかなる振る舞いをするものかについて、コーエンは少しも幻想を抱いていなかった。このモー寄宿学校に赴任してきて以来、彼は自分を恐れさせることに成功していた。自分の体現する法的権威という最後の砦がなかったなら、ブリュノのような子供に対するいじめはエスカレートする一方だったろうということを、コーエンは承知していた。(p62)

動物社会はほとんどすべての場合、それを構成するメンバー相互の力の差に基づく支配関係の上に成り立っている。この関係を特徴づけるのは厳格なヒエラルキーである。グループで最強のオスは<アニマル・アルファ>と呼ばれ、二番手が<アニマル・ベータ>、以下同様に続き、最下層に位置するのが<アニマル・オメガ>である。ヒエラルキーにおける地位は通常、戦いの儀式によって決定させる。下層の動物は上の者に戦いを挑んで自らの地位を向上させようとする。戦いに勝ちさえすれば地位が上がることを知っているからだ。上位を占めることには、先に餌にありつけるとか、グループ内の複数のメスと交尾するといった特権が付随する。

しかしながら最も弱い動物は、大概の場合、<服従>の姿勢をとる(しゃがみこむ、肛門を見せる)ことにより戦いを回避することができる。ブリュノの置かれた状況はそれ以下のものだった。動物社会において暴行と支配は一般的だが、チンパンジーの段階で、すでにして一番弱い相手に対する理由なき残虐行為が見出される。そうした傾向は原始的人間社会、そして子供や少年少女の社会において頂点に達する。それ以降になると<哀れみ>、あるいは他者の苦しみに対する同情が生まれる。この哀れみが、<道徳律>の語りでたちまちのうちに体系化されるのである。(p64)

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彼は欲望に身をさいなまれる大人となったわけだが、その大人と子供とは関係がある。子供時代は辛く、少年時代はむごたらしかった。いまや彼は四十二歳。客観的に見れば死ぬのはまだずいぶん先のことだ。だが、これから先、生きたとして、いったい何が残されているだろう?何回かのフェラチオくらいか。しかもそのために金を払うことに抵抗感をほとんど覚えなくなってきていることに、彼は気がついていた。目標に向かって張り詰めた人生を送っているとき、思い出に浸っている余地はない。なかなか勃起しなくなり、勃起しても長持ちしなくなるにつれて、ブリュノはぼんやりと感傷に耽るようになった。彼にとって人生の主たる目標はセックスだった。もはやそれを変えることはできないと、今の彼にはわかっていた。

その点でブリュノは、彼の時代の典型であった。少年時代、フランス社会における過去二世紀にわたる激烈な経済競争はやや緩和されていた。経済的条件は当然、ある程度の平等に向かうはずだという認識が社会に広がっていた。政治家たちも社会の重役たちも、スウェーデン型社会民主主義をしばしば手本として引いた。したがって、ブリュノも、まわりの人間に経済的成功によって差をつけてやろうという気にはならなかった。職業のレベルでは、のちにジスカールデスタン大統領が「輪郭の定まらなぬ巨大な中流階級」と呼んだものの中に溶け込むことが彼の唯一の目標だった。

だが人間というのはヒエラルキーをつけたり、何としても同類に対し優越感を持ちたいと願うものだ。経済的平等への道においてヨーロッパ型民主主義の手本となったデンマークとスウェーデンは、<フリーセックス>の面でも手本を示した。この中流階級が労働者も管理職も一緒くたに吸収していくうち、思いがけなくそのただなかに―より正確には中流階級の子供たちのあいだにー、新たなナルシズム的競争の領域が開かれた。(p88-89)

のちに経済のグローバリゼーションが進むと、競争ははるかに激化し、国民の半数が中流に属して購買能力は増す一方などという夢は一掃されてしまう。社会の階層差が開き、生活の不安定感と失業が広まった。そうはいっても、性的競争の激しさが和らいだわけではない。まさにその逆だった。(p90)

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