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デジカメ 051

メモ用ブログをいじっていたら、大好きな作家さんの一人である星野智幸氏の『虹とクロエの物語』の引用メモが出てきたので、こちらにアップ。なお、一読者である私が何か解説するよりも、著者の星野氏が自ら作品について解説してくれているページが出版社HP内にありましたので、内容については以下参照のこと。

著者自らの言葉で綴るメッセージ

星野智幸さん
『虹とクロエの物語』刊行によせて

 昨年、私は四十歳になりました。これは二十歳になったときにも三十歳を越えたときにも感じたことですが、それまでイメージしてきた四十歳と現実があまりにも違うことに戸惑っています。端的に、自分はまだ子どもっぽいと感じるのです。本当に私が子どもっぽいのか、現実の大人は人が思うほど大人ではないのが当然なのか、私にはわかりません。ただ、おそらく、私の同世代の大半はこの年齢になってもどこかで成熟しきれないでいるのではないか、と思います。なぜなら私たちは、成熟を拒絶することで新時代の到来を告げた「新人類」世代だからです。

 この小説の主人公、虹子とクロエも私と同い年。学校社会を蔑んで背を向けてきた親友の二人は、成人するころから別々の道を進みます。虹子は軽蔑していたはずの社会が求める「大人」像を演じるようにして結婚、出産へ至り、クロエは虹子への反発もあってその手の「大人」になることを拒み、恋人を捨て事業を興す。だが、どちらも自分自身の成熟からは目を背けてきたことに、四十歳に至って気づきます。再会した二人は、はたして成熟し直すことができるのか。これは私自身の、そして同世代の、さらには大人であるはずのすべての人の、避けては通れない再起の物語です。


また、私がこの作品を読んだのは単行本ではなく「文藝」2005年秋季号 「山田詠美」特集なので、ページ番号等は削除した上、アップ。
虹とクロエの物語
河出書房新社
発売日:2006-01-06




「その・・・・・、お子さんは?」
「息子が一人」

微妙、嘘ともつかない嘘をつくと、その場の空気が一気に緩むのを感じた。旧姓吉山の表面をガードしていた緊張も解けて、「それでクロエは民芸品店を経営しているんだって」と、口調が噂話のモードに切り替わる。

親和がみながり始めたその空気中に漂っているのは、かすかな憐れみだった。旧姓吉山とここに居る仲間たちは、久しぶりに会う女友達に対しては、結婚をしているか、子供を持っているかを確認するまでは、緊張を緩めてはいけない、うっかり気を抜いて、既婚・子持ちを前提に話題を振ると、そうじゃない人を傷つける、と思い込んでいるのだ。

旧姓吉山たちにとって「こちら側」であることが確認された私は、にわかに同じ色をした目立たない存在となり、旧姓吉山たちは安心して、違う色をした「あちら側」であるクロエへの憐れみを、放言し始める。




もやは私にはどれが誰の意見だかも区別がつかなかった。つけようがない、全部同じ言葉の受け売りなのだから。「大人」「親」という形式にうまく身を当てはめれば、大人っぽく親らしく見えるし、世間もそう認識してくれる。そういうさまざまな型をいち早く察知して、順応することにばかり長けているけれど、それだけのこと。別に、個人として本当に成熟しているわけじゃない。

この人達は、自分自身の意見を言いたいのじゃない。どのセリフにも、自分たちは家族を作っています、だから大人です、と表明することで、お互いを一人前と認め合うような、気色の悪いアピールと自信と承認が潜んでいる。成熟なんて問題ではなく、周囲の目に「大人」「親」と映ることが肝心なのだろう。

いい年こいて「大人ごっこ」ですかい、と私は心の中で毒つき、クロエの味わった居心地の悪さを想像した。そして、口の中に苦味が広がるのを感じた。やはりクロエとすれ違ってよかったのだ、と思った。なぜなら、私だってすぐに、旧姓吉山と大差ない人生を送ってきたところなのだから。

そう、私も「大人ごっこ」をしてきたようなものだ。
あれから今に至るまでの二十年が何だったか、私には意味を見つけるのがとても難しい。ほとんど余生のようなものだと思って過ごしてきた。死んだように生きてきた。それなのに死にきれず、数ヶ月前、盲目的に悪あがきをしてしまったばかりなのだ。




会っていなかった二十年のうちに、私はすっかり、そのあたりにうようよしている凡庸でくすんだ群の一員になってしまった。誰もがしていることを真似していれば、市井の民のささやかだけれどかえがえのない生を実現していると見なされ、形式の枠を優先するあまり自分を殺した罪に問われることもなく、本当の自分なんてなくていいんだよ、と慰めてもらえる社会に加盟してしまった。クロエと会ったはいいがその埋めがたい溝を感じてしまったら、もはや私には行き場がない。そう案じて、私はためらってしまった。そのために、私はクロエとすれ違ってしまったのだ。けれど、まだ会える可能性はある。だから私は坂本からの連絡を待っている。




夫は、自分を棚に上げつつ他人の痛い点を突くことに長けているという、くだらない人間だった。そのくだらなさが私と釣り合っていた。夫の言うとおりだった。私は子供に望んでいることを自分で実現できていない人間。そして、寿秀は幼少期の私に似ており、現状を肯定するならやがて今の私みたいになるかもしれないのだ。

そうではない、と私のどこかが否定する。私はある時点で違った道に踏み出していったがために、こうなっているのだ。あのとき、道を踏み外さず、子供の頃からの道を進んでいたら。

私の罪悪感はいつだってそこに根ざしている。自分を裏切ったくせに、子供を作ってしまった。傲慢なだけで内容のない自分が、子供の目の前でサンプルとして生き続けなくてはならない。私は子供に自分を学び取ってほしくないのに、子供を教育しなければいけない。




四十を超えたおばさんが何を今さら、と呆れられるのは当然だ。それでも私には、自分に戻る必要があるのだ。自分を裏切った決定的瞬間に戻って、やり直すほかなかった。あのまま進むよりも、やりなおして追いつこうと考える自分を、今は見守りたいのだ。

今思えば、あのとき、まだまだ取り返しはついた。けれど私は、もはや自分が踏み込んだ道を変えることはできないと思い込んでいた。他の可能性もありうることを、見ないようにしていた。惨めな自分をどこかで黙認したかったのだろう。




サークル仲間の猿真似をして、就職活動を始めた。自分では何一つ、選択をしなかった。私のまわりにいる者たちのするようにした。空前の売り手市場だったから、仕事にあぶれることはありえなかった。私は大手の書店グループに入社する。学生から社会人へという変化は、それまでのサークルから別のサークルに移籍するようなものだった。古いサークルを去るにあたって、古いカレシも置いてきた。フジツとは別れ、これも他の新入社員同様、社内で新しい恋人を物色し始める。




怒涛のうちに三年が過ぎ、寿秀が言葉をしゃべりまくるようになると、私はにわかに罪悪感にさいなまれるようになった。子供とは知覚するものすべてを写し取って育つということが、言葉を話すようになると露になる。寿秀の言葉遣いは、私や夫やテレビの受け売りだった。寿秀が私を写しつつあると気づくと、私は恐怖を来した。余生しか生きていない、絶望的にくだらない人間を、子供が手本にしていいわけがない。それで賢明に付け焼刃で取り繕うわけだが、子供は取り繕われた嘘をも写していると思うと、また恐怖に駆られる。誰が、私の代わりに理想的なモデルを務めてくれ、と悲鳴を上げたかった。

むろん、そんな人はいない。代われるものでもない。私のまわりも私のような親であふれかえっていた。買い物の行き帰りや公園などの遊び場や幼稚園で顔をあわせる同世代の母親たちは、私と似たり寄ったりだった。

泣いている子供を放置して、先にたまごっちに餌を与えている親。自分の子供が目の前で他人の子供の腹を蹴り上げているのに、愛人宛てだか友だち宛てだか知らないが、ポケベルに文字を打ち込むのに夢中になっている親。子供の服やヘアスタイルを、高級ベビーカーの色とデザインに合わせてコーディネートしている親。この人たちも私同様、余生を生きているだけだという絶望をひた隠しにして、あっけらかんとふるまっているのだろうか?私に判断する資格はなかった。



久々に読みましたが、やはり鋭くて美しいなぁと思いました、星野さんの文章。私はまだまだ若輩者ですが、この本を読んだ当時、私はこういう大人にはなりたくないんだな、リバタリアンなんだな、と確信したのをよく覚えています。
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テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学


















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