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引き続き、苫米地英人著『洗脳原論』第2章の引用メモ。
洗脳原論
春秋社
苫米地 英人(著)
発売日:2000-02
おすすめ度:4.0
おすすめ度4 現代の宗教問題を考えるとき、必読の文献!
おすすめ度4 呑気なことは言ってられない!
おすすめ度1 説得力に欠ける
おすすめ度4 日本が誇る天才、苫米地先生の洗脳とは何ぞや?
おすすめ度3 『影なき狙撃者』みたいだけど・・・

【目次】
第2章 脱洗脳のプロセス(p37-86)
●アンカーの発見
●アンカーの無効化
●空間の支配
●無意識の共有
●アンカーの確認
●教義に深入りしない
●専門家との協力
●自分の守備範囲を守る
●役割分担
●社会の協力体制の必要
●ゲシュタルトの正常化

以下、非常に長いので、要点をまとめますと、洗脳の典型的手法は精神のゲシュタルトを破壊することであり、過激な自己啓発セミナーなどでも使用されている方法なので、みなさんも気をつけましょう、という感じ。特に「気づきのワーク」「いま、ここ、に集中しましょう」という言葉がセミナー関係者から出てきたらかなり注意が必要。

それと、結局、「論理的思考能力」があれば、オカルトや疑似科学方面へは思考が流れていかないので、科学的・論理的な考え方が、世の中に浸透すれば、こういう事件は減る、という感じ。
・疑似科学
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%96%91%E4%BC%BC%E7%A7%91%E5%AD%A6
・オカルト
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88
・道田泰司 2003.09『論理的思考とは何か?」琉球大学教育学部紀要, 63, 141-153.
http://www.cc.u-ryukyu.ac.jp/~michita/works/2003/kiyo0309.html

あと、念のため書いておきますと、一般的に言っても、常識的に考えても、自己分析や自己啓発それ自体が否定されているわけではなくて(だって、それ否定するとなると、心理学分野のほとんどを論破しなくてはならないし。)、あくまで「消費者」が「営利目的の団体に」「金銭的または精神的に搾取されてしまう」ことに問題があるので、自分ひとりでやるぶんには、もちろん問題なしです。

自己啓発セミナーに関しては、今ではそこまで過激な会社はないらしく、消費者保護の観点からは、あくまで「エンロール」と呼ばれる勧誘手法に問題がある、というのが一般的な理解。その他の洗脳・マインドコントロールによるトラブルに関しては、東京都などの消費者センター(http://www.shouhiseikatu.metro.tokyo.jp/)などを見ていただけると、かなり現状の酷さがわかっていただけるかと思います。




第2章 脱洗脳のプロセス(p37-86)

第1章では、人間が洗脳という呪縛にからめとられていく過程を紹介した。今度は、それをほぐして解体していくデプログラミングのプロセスについて記述しよう。

●アンカーの発見
まず、デプログラミングとは、無意識下に沈んでいるアンカーを、表面に浮き立たせてやる作業のことである。アンカーを発見するまで、私は相手の話をじっくり聞く体勢をとる。オウム信者ならば、彼らに好きなだけ説法をさせる。そして、トリガーめいた言葉を発見すると、それを何度も口に出させ、どんな感じがするかを確認してみる。

ある信者には、「法を破ると死ぬ」というアンカーが入っていて、それはあるトリガーを発見したことで確認することができた。本人は、言葉によってその作用を自覚させられるまで、非常に苦しそうな様子であった。

●アンカーの無効化
ステップ2では、アンカーによって脳内でホメオスタシスが機能するという連鎖を断ち切る作業をする。オウムは、ヨーガと薬物を利用した肉体的洗脳によって、とりわけアンカーによる身体性を最大限に利用し尽くしているカルトであるが、こういったアンカーは、言葉によって本人に自覚させることから、取り去る作業に入ることができる。

無意識下に沈んだアンカーを浮き立たせるためには、被洗脳者と一緒にすごす空間を、デプログラマーが支配するとともに、その空間を操作する必要がある。

(略)ちょっと聞くと、奇術師のマジックのように思われるかもしれないが、変性意識状態において、第1章で述べたように、軽い幻覚や幻聴が起きるのは当たり前のことである。また心理分野の専門家なら、訓練を続ければ、友好的でない相手と対面したときの緊張した場面においても、高い確率で相手を変性意識状態に持ち込めるようになるし、場数を踏んでアンカーを掘り出すコツをつかめば、デプログラマーになることもできるかもしれない。

しかし、技術的に未熟な人が行って、作業の順序を間違えたり、変性意識を上手くコントロールすることができないと、デプログラミングされている人は記憶が混乱したり、さらに洗脳が深まったりする。だから、こういった作業は、やはり精神医学や心理学に詳しく、経験も積んだ専門家が行うべきである。


●空間の支配
ここで、デプログラミングという作業を行う際の重要な注意点を述べておきたい。まず脱洗脳は一瞬の勝負で決まるということだ。これはもっとも初歩的であるが、重要な要素である。最初会った時に、誰が空間を支配するかである。

この空間の支配権、制空権をどちらが握るかというのは、無意識レベルでの出来事であるので、単に「あっ、あのすごい有名な先生だ」などど思ってもらえるようなレベルでの立ち振る舞いでは不足である。

(略)もちろん自信がなさそうにしていたり、少しでも隙があれば、相手はここぞとばかりに漬け込んでくるので、これだけでも制空権は握れない。

なぜなら彼らも、友人や知人、または街頭で見知らぬ人を口説いて勧誘してきた、ある意味でプロだからである。微妙な心の動きや弱みなどは見透かされてしまう。だから、はじめてデプログラミングの相手に会う瞬間は、私にとって特に緊張する一瞬なのである。


●無意識の共有
二番目のポイントは、多少話したくらいで無意識下にどんなアンカーが眠っているかまだわからない状態なので、相手に思うがままに話をさせ、さらにこちらがある程度誘導した会話を長時間行う。そうすることにより、相手が気づかないうちに、無意識下の情報を、こちらの操作しやすい形で認識することができる。

私が得意な操作の方法は、無意識レベルの情報を色や形に置き換えて視覚的に相手に示す手法で、できるだけ、相手の無意識レベルの情報をっビジュアルに捉えていく作業をする。


●アンカーの確認
無意識を共有した状態でアンカーの捕捉ができたなら、次は、発現してきたアンカーの種類や特性を選別する作業に入る。三番目のポイントは、会話や仕草によって選別され浮き出てきたアンカーが持っている命題を操作することである。命題の操作にはさまざまなやり方があるのだが、ディベートを例に取ると、複雑な論理関係の操作を思考上の空間で行う方法がある。


●教義に深入りしない
教義を安易に話し合うべきではない。また、なまじっかな知識で教義についてのディベートを仕掛けるのは、大変危険なことである。統一教会のように、教義的なロジックが中心の宗教カルトは、教義のみで反省するかもしれないが、オウムのような教団では、教義批判のみで対応していくのは難しい。

(略)いままで何の教義も知らなかった信者の親たちに、教本を取り寄せてじっくり読むようにと指示し、あとで同じ本を読んだ信者本人とディベートさせる方法もあるらしが、これは逆効果になることもある。親がちょっと学んだくらいの教義の知識では、もともとオウムとのディベートに勝ち目はない。それぐらいなら、教義など無しでやったほうが安全である。

別に教義を知らなくても、本人の言うことを、ただ「うんうん」と聞いているだけなら、自分の信じてきた宗教には論理矛盾がないと思い込んでしまう。ななじっか教義やチベット密教の用語を学んで、信者との会話に利用すれば、ありとあらゆるアンカーが発動する危険性があるのだ。


●専門家との協力
もしアンカーを取り損なえば、デプログラミングされている人は、非常に危険な状態に陥る。アンカーには「死になさい」という命令を下すものもあり、それを見つけたときは、息苦しくなったり、吐き気を催したり、窓から飛び降りそうになったりする。

だから、心や脳のメカニズムに詳しい専門家以外は、脱洗脳の作業には携わらないほうが良いのでないかと思う。やはり、自分の領域で、処理できる範囲で尽力するのが、失敗しない秘訣である。

最近の例では、薬漬けにされた信者がいたので、私はすぐにプロの精神科医にお願いした。この範囲のものは、お互いプロがやるべきである。また、薬物中毒の疑いだけでなく、精神異常(たとえば分裂病など)が被洗脳者に見られたときも、やはり同じように精神科医にお願いするだろう。


●自分の守備範囲を守る
現在、脱会という作業は、牧師や僧侶が善意で行っているケースがほとんどだ。しかし、善意であっても、知らないうちにトリガーを踏んでしまい、アンカーが作動し、死なれる危険性も孕んでいる。

普通の人が鬱状態になって、町のカウンセリングに通うのとはレベルが違う。カルトに対して勇敢に立ち向かえる人は、日本中を探してもまだ少数であり、善意で脱会の援助をしてもらうだけでも有難いことだが、こと洗脳という分野に関して、特にオウムの信者について、取り扱いは十分慎重にして欲しい。

軍事目的にも利用されかねない洗脳という素材を、黒板を前に、素人が無理に「集団」を作ってこうやりましょうとやるのではなく、「どうやって予防すべきか」という知識を学んで、洗脳による被害が起きたときの対処法を研究したほうが良いのではないかと私は思う。

私は欲張らず、今もっている知識と能力でできる、自分が一番得意な範囲のことだけしかやりたくない。デプログラミングされる人も、する人も、命がけのリスクを負うのであるから、失敗は許されない。

●役割分担
とはいえ、被洗脳者は、正常な状態で洗脳されている人もいれば、もともと精神的障害があり、そのうえでアンカーを埋め込まれた人もいる。また、洗脳によっておかしくなった人もいる。精神障害を抱えた人の割合は多いので、そちらの治療も同時に行えるという意味では、未経験であっても精神科医、臨床心理士の方々に、今後どんどん経験を積んでもらって、デプログラミングに携わっていただきたい。

牧師さんや神父さんももちろん、認知科学と脳機能についての深い知識や、その知識を利用したデプログラミング手法を学び、さらに精神医学か臨床心理学の一定程度の素養があれば、デプログラマーとして活躍していただけるだろう。


●社会の協力体制の必要
脱洗脳された人は、どこにでもいる普通の人に戻ってしまう。作業が成功してしばらくすれば、親からも本人からも連絡はほとんどなくなる。デプログラミングというものは、究極的には、被洗脳者から、ただの人に変わる、ほんの一瞬の行為である。

脱洗脳後は、「脱洗脳状態」ではなく、本当に「ただの人状態」になる。そんな一瞬のことなど本人はほとんど覚えていない。昔自分が大変なカルトに絡め取られ、洗脳されていたという記憶さえ薄らいでしまう。洗脳時の現実感が極端に弱くなるため、私のことを忘れても何の悪気があるのでもない。

親も、もう私に相談する必要はまったくないから、連絡してこない。だからこそ逆に、本当に解けたと確信がもてるわけであるが。私に連絡をしてこなくなる別の理由としては、信者から普通の人に戻った瞬間、親は、かつて子供がカルト・メンバーであったことを完全に忘れたいと考えるからであろう。これも親というものの気持ちを考えれば、致し方ないことかもしれない。

逆に困惑させられた事例もある。親の懇願にもかかわらず、強制入院期間終了と同時に、親ではなく、オウムに信者を引き渡してしまった病院があった。そこは決して怪しい病院ではない。施設も充実し、有名で、大きな公立病院であった。もう少しカルトに対抗するための、家族への心配りが担当の先生にあってもよかったのではないかと思えてならない。

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●ゲシュタルトの正常化(p70-)

ゲシュタルト・モデルのエッセンスは、「自我の存在を分析的にとらえず、環境との相対的な関わり合いの中でとらえる」ということにあると考えられる。もともとゲシュタルト・モデルは、構造主義的(かつ行動主義的)な細分化(atomic)分析と、その構造物に組み上げられた全体観に対する批判的な立場からはじまっている。

(略)洗脳のひとつの典型的手法は精神のゲシュタルトを破壊することにある。一部のセミナーグループが行っている、いわゆる「気づきのワーク」などは、皮肉にもゲシュタルト・セラピーを手本にしたとされているが、「いま、ここで」といった言葉を使い、セミナー団体の構成員としての「いま、このとき」のみに関心を持たせ、本人の過去からの心的な切り離し、さらには、社会的な役割を持った未来からの切り離しを行うことを目的としたゲシュタルト破壊の手法として機能している。

また、いわゆる「気づきのワーク」では、自己の本来の目的や抱える問題に「気づく」ことができないのは、無意識のレベルに心的なブロックがあるからだとか、気の流れが悪いだとか、エネルギーのバランスが悪いからだといった論理を使って、オカルト的な教団の論理を正当化するフレームを構築し、正常な精神のゲシュタルトを破壊することも行われている。

そして、エネルギー調整のワーク、特別な気を授かるワーク、教祖のイニシエーションといったものを通して、ゲシュタルトの破壊を次々と進める。この結果、通常の日常生活におけるごく普通の相対的な位置付けが打ち壊され、過去と未来との連続的な関係における現在の自分の位置づけが破壊されるのである。

オウム・レベルの強度な洗脳手法になると、長時間の瞑想や違法薬物による意図的な変性意識生成を利用して、現実社会から意識を解離(dissociation)させ、精神のゲシュタルトの破壊を行う。さらに、教団のつくりあげる可能性世界とのあいだでのホメオスタシス関係を構築し、教義の世界がゲシュタルトの総体であるような意識の構築を行っているのである。

(略)このようなゲシュタルト破壊のセッションを何度も繰り返すことによって、現実世界から切り離された自我をつくりあげるのが、ゲシュタルト破壊による手法である。もちろん、トレーナーや教祖との対話、あるいはグループで、本人の過去や慣れ親しんだ考え方といったものを徹底的に攻撃し、自我の崩壊を狙うのも、同じゲシュタルト破壊の原理によるものである。
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