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まず、男性学に関心がある身としては、日本で一番の「男性学の権威」とされている伊藤公雄さんの著書は、読まねばならないはず、なのですが、この伊藤センセイの本、本屋でチラっと読んでみたんだけど、けっこうトンデモなんですよね。。で、結局、買わなかったので手元には無く、ツッコミ入れるにも入れられないのが、ちと残念。参考までに、以下、ネット上では、この方の批判が一番的を得ている感じがしたので引用。

★伊藤公雄先生の『男性学入門』 - kalliklesの目のなかの丸太日記
http://d.hatena.ne.jp/kallikles/20060309/p1

(略)む、この本でもミードの研究が同じように表にされているぞ! そして今度は「M. ミードの研究による」と書いてあるだけで、どの本かさえ書いてない。

(略)文献リストもなし。なんじゃこら。ふざけるな。ちなみに部族名はそれぞれ「アラペシュ」「ムンドグモル」「チャンブリ」になってる。あれ、本文ではチャンブルになってる。なんで変えたんだろう? 誤植なんだかなんなんだか、2年で7刷も出してるのに。 (以下略)


右のリンクにもあります「研究ごっこ」Q&A(トンデモ研究を見破る知恵。)を参照していただけるとわかるかと思いますが、

引用文献がない
 まっとうな研究なら先人の研究をきっちり引用した上で、それを踏まえて自分の論を展開します。ですから脚注や巻末の参考文献一覧には多くの参考文献が書かれています。ところが「研究ごっこ」の著者は自分の「研究」だけが絶対だと思っていますから、他人の研究をあまり参考にしません。引用文献がほとんどないか、あっても啓蒙書や入門書ばかりだったり、著名な専門書や論文が入っていないようなものは「研究ごっこ」と思った方が安全です。


のは「研究ごっご」の最大の特徴の1つであります。

★ 「マーガレット・ミードの表」問題その後
http://d.hatena.ne.jp/kallikles/20060320/p1

(略)伊田広行先生の『はじめて学ぶジェンダー論』大月書店2004 (ISBN:4272350188)は、この本とミードの『男性と女性』が出典だと主張しているが、それを(「正しく」?)修正しているのだから、伊藤先生か井上先生か村田先生を参照して出典が怪しいことに気づいているのにそれを書いてない。おそらく幇助?

これひどすぎる。インチキ! 諸橋泰樹フェリス女学院大学文学部教授は剽窃野郎で有罪。伊田先生は出典を隠して灰色、井上先生はもっと薄い灰色というかほぼ白(村田先生の文献の参照を忘れただけかもしれない)。伊藤公雄京都大学文学研究科教授は無批判孫引き野郎で学者としてまじめに相手するに値しない。と考えてしまってはちょっと言いすぎかな。

まあしかし、ちゃんと自浄できないまま引用しあう学者社会はだめだ。(以下略)


で、検索したら、、不憫なことに、伊藤センセイの「権威」を信じてしまった方のブログを発見してしまったので、以下。

★哲学、性犯罪、男性学。
http://d.hatena.ne.jp/CLAIRE/20061129

(略)男性学の学者である伊藤公雄氏は、男らしさというものは次の三点によって構成されていると言います。即ち、「優越志向」「所有志向」「権力志向」。これらが無ければ「男らしくない」と言われてしまう訳です。

勿論、これらは言葉を変えて現れます。つまり、例えば優越志向というのは、「誰々に負けるなんて!」という言い方で植付けられたりする訳です。男性に対してこれらの事を望む社会にあっては、性犯罪やドメスティック・バイオレンスを犯す男性犯罪者は、その犯罪者固有の性癖の故にそれらの犯罪をした、とは、必ずしも言えないのではないでしょうか。

つまり、性犯罪やドメスティック・バイオレンスは、個人的な問題ではなく、社会的な問題なのではないでしょうか。だからと言って、男性によるそれらの犯罪を憎まず、理解の余地を与えよと言っている訳ではありません。

そうではなくて、なぜ性犯罪やドメスティック・バイオレンスといった、性別によって加害者や被害者が決まりかねない様な事件が起こるのか、その社会的背景を問うべきだと思うのです。理論を学んだり、社会背景に疑問を持ち、それを追究するという様な事は、学生だからこそ出来るのではないでしょうか。


うーん、いいたいことはわかるけど、ちと違うかなぁ。。男性学・女性学うんぬん以前に、犯罪者の「個人的資質」にフォーカスするか、それとも「社会背景」にフォーカスするか、という認知フレームは、「西洋人vs東洋人」という、その人が属する文化そのものに固有であって(宗教とか民族性とかいろいろな要素が絡まって、モノの見方そのものがちと違う。)、この人が日本人である以上、「社会背景」を“問いたがる”のは、当然、というか。

木を見る西洋人 森を見る東洋人思考の違いはいかにして生まれるか
木を見る西洋人 森を見る東洋人思考の違いはいかにして生まれるかリチャード・E・ニスベット 村本 由紀子

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stars参考になります
starsプレゼンみたいな・・・
stars視覚における認識の西洋人と東洋人の差。
stars西洋人は狩猟民族ではない
starsコンテクストの相違が与える思考と認識の文化学

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なんていうのかなぁ。。これは、私が生物学的男性ではない以上、断定できないし、単なる想像なのですが、そもそも「個人的資質」を問いたがらずに「社会背景」を問いたがる傾向を持つ東洋人が、なおかつ生物学的男性であり、彼が主体となって「男性学」を研究してしまった場合、東洋人かつ生物学的女性が主体となって研究する「男性学」よりも、過度に「社会背景」ばかりを問題視してしまい、印象としては「防衛的」になっているような感じがするんだよねえ。。

「俺が悪いんじゃなくて、社会背景や文化が悪いんだよ。」「社会背景や文化に、俺は“洗脳”されてしまった被害者なんだよ。」みたいな。。確かに、日常会話で使われているところの「自由意志」という言葉が内包しているほどの「自由意志」を人間は持ってはいないというのは認知科学分野では判明しておりますが、だとすれば、「洗脳された被害者としての男性」を問うのと同時に、「洗脳そのものを作り出して商売している加害者としての男性商人」も問わなくちゃだし、社会背景だけじゃなく「各男性の個体差」にも注目した上で、「洗脳耐性が低い男性」(洗脳されやすい男性の特徴)なども、問わなくちゃ、だよね、と思いますわ。

以下、関連事項だな、と私が勝手に思った記事をメモ。
★EP : end-point 科学に佇む心と体 Pt.1: 人格障害という輸入概念と文化心理学的解釈
http://am.tea-nifty.com/ep/2004/10/eastwest.html

いや、人格障害論の各書籍も要チェックだけど。文化差がいかに人間の思考と知覚に如実に影響を及ぼすかが、大量の証左とともに多面的に検証してくれている。

要するに、高岡らの反人格障害論はめっちゃ東洋的なんですよ。
環境原因を考察する。環境要因にまず注目する。
これは文化差じゃん!

西洋のお方がたは個人に要因を求めるんですってよ。
東洋は、個々よりは包括的な環境や背景を考察したがる。

西洋が手をくだせば結論は「人格障害カタログ」になるし、東洋的には「それはヘンでしょ、環境要因や心の変遷が無視されてるぞ」という話になるのはもうしごく当然のなりゆきなわけで。

何やら意味深かつ複雑そうな「反人格障害論」の流れが、この「木を見る西洋人森を見る東洋人」を経たらあっさり「な~んだ」になってしまう感じなのが、ことの重大さを不用意に軽く見せてしまいそうでちょっとアレだけれど。でも読み合わせに絶オススメなツボ。

人格障害に関する議論をなさるお方には、これ目を通しておいてくれるとかなりインパクトあるんじゃないかと。


★奇妙な言動が目立つ変わった男。 - hotsumaのURLメモ。
http://d.hatena.ne.jp/hotsuma/20071217/p1

中年期ぐらいまでに起きる殺人自殺 murder-suicide は、重篤な精神病理を有した男性(Rosenbaum,1990;Marzukら,1992)や、同様の状態にある(この場合は対象が自分の子供だが)母親(Marzukら,1992;Friedmanら,2005)の手によることが多い。

オーストリアのデータでは、統合失調症は男女において殺人の加害者となることと関連し(男性で5.85倍、女性で18.38倍)、妄想性障害は男性において殺人の加害者となることと関連する(男性で5.98倍) (Schandaら,2004)。統合失調症スペクトラム障害*1の患者では、妄想的な認知スタイルが暴力に関連する(Nestor,2002)。青年期の統合失調型人格障害、統合失調質人格障害、妄想性人格障害は、青年期から成人期早期にかけての暴力を予測する(Johnsonら,2000)。

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テーマ:雑記 - ジャンル:学問・文化・芸術


















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