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以下、『Amy Says(エイミー・セッズ) 』(山田詠美著・新潮文庫)の引用メモを発掘しましたので、まとめを兼ねまして、こちらにアップ。
Amy Says(エイミー・セッズ) (新潮文庫)
Amy Says(エイミー・セッズ) (新潮文庫)山田 詠美

おすすめ平均
stars肝に銘じるべき
stars痛快
stars彼女の根っこにあるもの
starsI know what you mean.
starsAmy流価値観

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山田詠美さんの作品に貫かれている思想の1つは、"It's None of Your Business"(=余計なお世話・過度な介入を良しとしない考え方の人がよく使う表現)ですが、このエッセイ集にもそれが出ていて、読んでいて、すごく楽しい(笑)。以下、ところどころ中略がありますが、とりあえず。

【目次(のようなもの)】
親しき仲には
自分はさておき
御用の資格
すごいもんの行方
自堕落ポンちゃん


親しき仲には

ある小説雑誌の巻末の読者の投稿欄を読んでいたら男性からの投書があった。最近、外国人と連れ立っている女性が多いが、文化交流を深めるには良いことである。しかし、彼女たちは、どうやら、アクセサリーで彼らを連れ歩いているらしい。ゆゆしきことである。と、まあ、このような内容なのだが、これなどため息が出る。

誰が彼らをアクセサリーと決めるのか。彼女たちが決めるのである。本当にアクセサリーと思うかどうかは、当人以外、誰にも解らないのである。最近の女性という言葉で語れる種類のことではないのである。個人的領域に意見を述べる場合、それがもし誤ったものであったら、投書した人は、どうやって、落とし前をつけるのか。個人名で、批判するならして欲しいものである。

あの女は、あの男をアクセサリーにしているぞ、と怒ってもらいたいと思う。しかし、そういう人々は、何も外国人と付き合う女性ではなくてもたくさんいるし、女性をアクセサリーにしている男性も多いではないか。けれど、他人事だ。私は、個人的領域に口を出す人々が恐ろしい。

(中略)一般論で語るのは簡単である。しかし、一般論とはアンケート結果のようなものである。そして、アンケートに答えない人間も数多く存在しているのである。そういう人々は、親しき仲にも礼儀ありという言葉を知りながらも、親しい仲だからこそ、それをあえて外すことも知っているのである。



自分はさておき

(略)バリ島で男狩り?すると、日本で男を探している女はいないのか?それじゃあ、結婚したい結婚したいと、条件をつけて男を捜している、あの女たちは、いったいなんなのだ。浮気と称して、妻以外の女性とセックスする男性は、遊びの恋愛はけしからんよ、などどは言われない。多くの女達は、他人の男が何をしようがなんの興味もないからである。

(略)あらすじには、さまざまなディティルがあるのである。他人の恋愛にも、色々な感情が絡んでいるのである。そのことを理解した上で語ろうとすると、恋愛に、善悪などどいう価値判断が無用であることに気づく。あるのは、自分自身が、自分自身のために創り上げて来たモラルだけである。そして、それは他人には応用出来ないのだ。

(略)と、こうあらすじを書いても、良さは伝わらない。『マディソン郡の橋』もそうだ。と、同時に、他人の恋愛も、もしかしたら似たようなものではないかと、私は思うのだ。

あらすじだけでは、何も解らない。どのようなディティルを持っていたか、どのようなセンティメントがそこに潜んでいたのかを知るのは、それを実際に味わった人だけなのだ。自分をさておき、を繰り返していると、段々、それが見えなくなってくる。



御用の資格

(略)「日本人の男には御用はないわけですか!?」

私と彼女は、顔を見合わせた。二人とも、呆れて言葉が出なかった。私は、笑いをこらえながらこう言った。

「私達は、私達の男とこれから待ち合わせているので、ごめんなさい、さようなら」

しかし本当は、こう言いたかった。

「もちろん、日本人の男に御用はありますが、あなたたちにはありません」

次に入ったカフェで、私達は腹立たしさのあまり、つい声を大きくして彼らをののしっていたが、そのうちに笑い転げてしまった。

日本人の男に御用はないわけですか、だって。何故、自分達がださいから用がないと思わず、日本人だから用がないと思うのだろう。女性達は、ステキな日本人男性になら、いつだって用があるのである。自分達が日本の男を代表していると思っているのだろうか。だとしたら、彼らよりも上等の日本人の男たちは、いい迷惑である。

(略)自分達を日本の男と呼ぶことで、どれ程、日本人の男の価値をおとしめているかに彼らは気づいているのだろうか。自分達の際立った格好悪さと、自分達が日本人である、という事実には、何の関係もないはずである。それなのに、ある種の男達は、いつも、このことを混同して安心感を得ようとする。自分がもてないのは、女達が日本の男の良さを見ようとしないからだ。彼女達が、外国人というだけで付いて行く馬鹿だからだ、というように。

私は、こういう男たちを見ると、いつも、こう言ってあげたくなる。あなたがもてないのは、あなたが日本人だからではなく、あなたがあなただからである。女は誇りを失った男なんてお呼びではないのである。日本人であることをエクスキューズにして、もてないことの言い訳にするなんて・・・・・日本男児としての・・・・あれ?私、いつの間にか国粋主義者になってる。



すごいもんの行方

(略)「やっぱねえ、外人さんはすごいもん持ってるから」

彼は、股間のあたりを盛り上げるような仕草をしてその言葉を口にしたのだが、妙にリアルで、情けなかった。すごいもんって、何だ!?

(略)彼は「すごいもん」と言ったが、この場合のすごいものが排尿のために役立てられるのではなく、セックスのときに威力を発揮するからこそすごいと思っているのは明らかである。

変だ。すごいものが女性に快楽を与えるのではなく、快楽を与えることが、それをすごいものに変える、ということを、本当は誰でも知っているはずなのに、ある種の男性は、いつもこんなことを言う。

外国人の男性と付き合う日本人女性を見て、やっぱり、あいつらはセックスが良いんだろ、と捨て台詞を残す日本人男性を、私は、何人も見てきた。彼らが口にする「セックスが良い」という言葉も、性器の大小のことを意味している。決して、女性の体を熟知しているということではないのだ。

あのう、そんなこと言ってると、いつまでたってもセックスは良くなりませんよ、あなたの場合。私はそういう男性を見ると、いつも、そう言ってあげたくなる。セックスが良い方に女を取られたと口に出すことは、自分達のセックスが悪いのが原因だ、と認めていることになる。何も、そんなに自分を卑下しなくたって。

(略)もちろん、そう口に出した人が、本心からそう思っているなんて、私は思わない。男性が、性器の大小を腹立だし気に語る時、そこには、いつも、形を持たない優越感と劣等感が渦を巻いている。外国人の男のセックスが良いから、女がそちらに行く、と思うのは、外国人の性器よりも自分の方が小さいという劣等感と同時に、人間の本質を見ることもせずに性器の大小で外国人を選んでいるかもしれないが、本当のところ、自分の方が彼らよりも、ずっと上質な人間性を持っているのだ、という優越感も合わせ持っている筈である。そして、さらに、見る目のない女達め、自分の関わり合う女は、おまえたちよりも、ずっと出来が良いのだ、という自分とは違う第三者までも巻き込んだ別な種類の優越感も。

本当は、彼らは、性器のことなど言いたいのではない。自分が選ばれなかったということに理由を与えたいのだが、それを説明することもなく、怠惰ゆえに、性器の大小を引き合いに出しているだけなのである。可愛いと言えば可愛いことである。性器の大小でコンプレックスに折り合いをつけられれば、さぞかし生きやすいことだろう。

性器の大小は生まれつきのものだ。そして、生まれつきという言葉を人は何かを諦めるために使う。それの理由づけには持ってこいの言葉だ。しかし、恋愛ほど、生まれつきという言葉を必要としない言葉はない。




自堕落ポンちゃん

(略)私は、この手紙を、面白がって、黒人と結婚している女友達に見せてまわった。皆、噴出してしまうの。すごい!日本にも、K.K.K.がいたのねえ、なんて、言って。

ここで、はっきり言わせてもらうけど、おにいさん、私の寝てる男は最高だよ。愛に対して、日本人のようにケチじゃない。素敵な恋愛小説を作り上げるには最高のお相手。とりわけ、私の男達はね、みんな、そう。ばーか、黒人と付き合って何が悪い。今時、マイノリティに対する差別なんて、まったく、アウト・オブ・デイトですよ。口惜しかったら、自分もお金を使わないで外国の女と寝てみせな。

たとえば、日本人の女が一番という男達がいる。それと、私が、黒人の男もいいわよ、っていうのと、一体、どこが、どう違うのかね。男の好み、女の好みなんて、考えようによっては、食べ物の好みのようなものである。肉が好きが、魚が好きか、外国人が好きか、日本人が好きか、その程度のものでしょう。そして、その程度のものを一生の大事として扱えるところに、人間であることのすごさがあるのである。

付き合った男が、たまたま黒人だった、などど、今さら、いい子ちゃんぶる気など毛頭ない。だって、もし、そうだったら、私には「たまたま」が多すぎる。私は、黒人の男の子たちやそこに漂う雰囲気、そして作り出されるカルチャーが大好きなのだ。私には似合ってる。そして、その恋愛を人に知らせることで幸福を感じてしまう。私の心は、とても、おしゃべりである。

(略)恋愛小説ですよ、ただの恋愛小説。黒人と恋愛したっていいじゃない。私は最近、日本人の男の子達もとっても好きである。もしかしたら、日本人の男の子と恋に落ちてしまうのではないかと嬉しい予感に胸を震わせる、今日この頃。愛した男がたまたま日本人だった、と言ってみたい気がする。



以上2005-09-27のメモより転載。
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テーマ:読了本 - ジャンル:本・雑誌


















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