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(#Jessica Snow,Kineahora 2006


★ASとADHDの関与する事件【意味不明な人々-発達障害(ADHD、アスペルガー)と人格障害に取り組む】
http://blog.m3.com/adhd_asperger_etc/20060831/AS_ADHD_

AS(アスペルガー症候群)の男性はADHDの女性が好きで、AS-ADHDカップルが多いことは前に書いた。実はこのパターンでDVやストーカー事件なども良く起こる。

 ADHDのACで見捨てられ不安があるケースなどは、ASの愛着に基づく「確実に必要としてくれる」ことが不安を解消してくれるので当初一時的には関係は安定する。

 しかしADHDは安定すると、(ASのおかげで)ACから回復するにつれてASの支配的な部分に耐え切れなくなり、別の男性に走ったり、露骨に冷たくなったりする。

 このとき、結婚して子供がいたりする場合には、一部のケースはASが絶対服従に回って理想の夫となり関係はさらに安定する。あるいはDVから別居、子供の親権をめぐる裁判へというプロセスだ。この場合は深刻なストーカー化を招く可能性がある。


これ、かなりあり得ると思いました。自己愛性人格障害の男性と境界性人格障害の女性は惹かれあう、というのはよく知られておりますが、となると、彼らのなかには、人格障害ではなく、ASまたはADHDと診断されてている又は診断される可能性のある人たちも含まれている、という感じなのかも、と。

一見すると、脳が正常な人(Neurotypical)同士の関係にも見られる「共依存」や、一昔前に流行った俗流心理学用語である「アダルトチルドレン」にも見える関係性を築いている夫婦や恋人同士はよく見ますが、でも、よくよく考えてみると、それだけだと、「DV」や「殺人事件」にまではなかなかならないわけで、かといって、加害者=人格障害(多くは自己愛性人格障害又は反社会性人格障害)として片付けられない何か、を感じたことあるし。

あと、最近、法学関連分野で「被害者学」なるものが提唱されておりますし、そういうのも必要だとは思うのですが、個人的には、「加害者学」のほうが必要だと思ったりしているんですよね、最近。(というのも、加害者に責任を取らせる、という視点がちゃんと確立できれば、被害者側に対する補償も、今よりはましになるんじゃ、と思うので。でも、個人的にはDV加害者の「矯正」や「再教育」には反対。効果がないというのは既に判明しているし、もしも効果を求めるのであれば、人道的でない手段しかあり得ないので、人権派の方々からの抵抗が予測されますし、どっち道、結果的にはムリという判断が下されると予測されますので、マンパワーを使うだけ無駄だと思っている。)
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