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以下、当ブログへ検索で辿り着く人が定期的かつ継続的におります「自称」フェミニストの「伊田センセー」について。先日、ここで、"少なくとも私からみれば、江原と同じに見えるんだけどね。。”と書いた私ではありますが、この主張を裏付ける資料を見つけました。

以下、前々から愛読させてもらっているmacskaさんのブログより。(出典はすべて『スピリチュアル・シングル宣言』伊田広行著、から、とのこと。なお、はてなブックマークの皆さんのコメントを伏せて読むと、なお一層楽しめるかと。。w)

★その1
http://d.hatena.ne.jp/macska/20080316/p1
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/macska/20080316/p1

20080317102510.gif


★その2
http://d.hatena.ne.jp/macska/20080319/p1
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/macska/20080319/p1

20080319162807.gif


★その3
http://d.hatena.ne.jp/macska/20080323/p1
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/macska/20080323/p1
20080323233237.gif


ついでに、macskaさんの本家ブログより、この件に関する記事をメモ。

「直線的程度の差としてイメージされている」伊田広行氏の「中間派」解釈(2007/10/13)
女性運動の歴史の否定の上に成り立つ「ジェンダーフリー」概念の「豊かさ」(12/12/2006)
「スピリチュアル・シングル論」は、マイノリティをダシにしたマジョリティのための自己啓発セミナーだ(2006/05/29)
フェミニズムを私物化する男性ジェンダー研究者(2006/05/28)

しかし、伊田センセーが一人で「スピリチュアル」や「精神世界」や「ニューエイジ」にハマり込むのは別に問題ないんでしょうけど(そういうのも広義の「信教の自由」だし。。)、「信者」はどれくらいいるんでしょうね。。(多くて2、3人くらいなのかな。。もっといたら、ある意味、コワイな、本当に日本は終わったってことだな、、と、思いました。。)

以下、同日、関連リンク追加。
★こころ世代のテンノーゲーム - これからしばらく「社会的強者」のことを「スピリチュアル・シングル」と呼ぼうか
http://d.hatena.ne.jp/umeten/20060530/p4
★記識の外 - メモ「女性学の権威主義」。
http://d.hatena.ne.jp/using_pleasure/20050303/1109825660
★[特別企画] 運動内・学会内マジョリティの「連帯」をぶち壊すということ
http://d.hatena.ne.jp/Backlash/20080310
★ジーキルとハイドの混合状態【意味不明な人々-発達障害(ADHD、アスペルガー)と人格障害に取り組む】
http://blog.m3.com/adhd_asperger_etc/20080324/1

ジャイアンの出発点は、脳がジーキルとハイドに分裂していること。そこから根本的な不安定性が生じ、この緊張状態から逃れるために、依存や自己正当化、宗教への傾倒などの無理で強引な思考が生じる。

 しかし現実の環境との関係の中で、最後はこの分裂がどうしようもなく表面化し、自分で自分を責め続ける場所にたどり着いてようやく合理的な自己突っ込みはやや緩和されることはありうる。

 理解しがたいとは思うが、「ジーキルとハイドの統合されえない混合状態」がジャイアンの真相だと思う。この現実を見据えて、周囲の現実に表面的に適応していく道を探すしかない。


要するに、本人がどんな症状を示しており、どんな病名が該当するのかは、精神科医に診断してもらわない限り断定できないものの、伊田センセーが「周囲の人たちを困惑させている」のは事実であり、よって、「問題構造的には」こうなってるだけ(↓)、って感じですね。
★上司が自己愛性人格障害だと部下はウツになる。
http://ideaflow.blog26.fc2.com/blog-entry-146.html

よって、周囲の人たちが採用する現実的対応としては以下。
★トンデモのパターンと対処法
http://am.tea-nifty.com/ep/2004/06/skeptic.html

なお、トンデモさんは
  ●他人の意見をうまく解釈できない
  ●自分の立場を客観的に把握するのが下手
  ●他者が共有している意味世界では自分は救われないと感じている

ゆえに、チガウ理論に固執しているわけで、そこをわかってやらないと対処する側は徒労を重ねるばかり。

 彼の主張は「自己救済の一種」。
 そう考えるとおのずと対処側の手法も上手になるのでは。


★「研究ごっこ」Q&A
http://www.hmt.u-toyama.ac.jp/chubun/ohno/qanda.htm##13

「研究ごっこ」へののめり込み具合が、本人の社会生活や、家族の生活にあまり影響がないような程度のものなら、突き放してほうっておくのも一つの手でしょう。もし周囲に深刻な迷惑をもたらしているのであれば、粘り強く説得を試みるしかありません。

相手は「研究ごっこ」に自分の全存在をかけていますから、頭ごなしに決めつけたのではますます意固地になります。相手の話をひとまず聞いてから、理性的にさりげなく矛盾を指摘していくことを気長に続けるのがよいのではないかと思います。

カルト宗教から脱会させるためのノウハウは、ある程度蓄積されていますし、本としても出版されていますから(統一協会やオウム真理教をキーワードに探すと見つかるでしょう)、そちらを参考にするのもよいでしょう。



3月28日、追記。
この件は、「宗教社会学」や「宗教人類学」と関係ありそうなので、以下ご参考までに。

★ニューエイジ運動の意味、およびまとめ(知識情報論:講義細目と概要)
http://www.komatsu-c.ac.jp/~yositani/na.htm

(2) 全共闘くずれ……そうしたこともあって、1970年代以降ニューエイジ文化が日本に紹介されるにあたっては、いわゆる全共闘(時には過激派)くずれの知識人が曲解した形でそれを媒介した場合が少なくなかった。米国ニューエイジャーの基本は(先週分のように)自己変革にあるが、日本ではそれが社会変革の方向付けを持ったマルクス主義(あるいはアナーキズム)の代案として解釈 or 期待される傾向があった。

 無農薬・有機栽培、ディープ・エコロジー、フェミニズム、レヴィ=ストロースやカスタネダなどの人類学、イリイチのオールターナティヴ思想さえ、社会変革の「ため」のものと位置付けられることがままあった(例:"AT":オールターナティヴ・テクノロジー、つまり地熱や風力発電などに期待する議論を、そのまま反原発運動の理論的支柱としようとする、など)。←cf.前述したケストラーのホロン概念のように、保守政権のブレーンに利用されるものもあった訳だが……。



で、伊田センセーの経歴、以下。

1958年生まれ。大阪市立大学経済学部卒業、同大学院博士課程単位を取得後退学。1986~88年は中東経済研究所のエジプト事務所で勤務。また98年度はスウェーデン、ストックホルム大学で在外研究。はじめは労働問題、社会政策を勉強していたが、徐々に女性労働から、女性学全般に研究対象を広げ、いまではその視点を「シングル単位論 」として提唱している。


よって、正確には、いわゆる「マル経崩れ」であり、学者としては5流以下。
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【2010/10/31 03:17】 | #[ 編集]














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