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『ザ・フェミニズム』をマトモに読む第6回目。内容は、タイトル通り、マルクス主義フェミニズムの「結婚」とリバタリアニズムの「結婚」の違い、という感じ。

ザ・フェミニズム (ちくま文庫)
ザ・フェミニズム (ちくま文庫)上野 千鶴子 小倉 千加子

おすすめ平均
starsもやもやがちょっと解消しました。
stars興味深いけれど
stars対談のいいところが出ている
starsどつき漫才で学ぶフェミニズム
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以下エントリの流れを最初に書いておきますと、まず、結婚という概念を明確にするため、「結婚の辞書的定義」と「法律制度としての結婚」についてまとめます。次に、上野千鶴子さんの結婚の定義を本書より引用し、比較します。その上で、最後に、結婚についてリバタリアン的解釈を行います。

結婚の辞書的定義

こんいん 【婚姻】
(1)結婚すること。夫婦となること。社会的に承認されて、男性が夫として、女性が妻として両性が結合すること。
(2)法律上、一組の男女が合意に基づいて婚姻届を提出し、夫婦となること。両者が婚姻適齢にあること、重婚や近親婚でないこと、女性が離婚したあと一定の期間以上経過していることなどを要件とする。
三省堂提供「大辞林 第二版」より



法律制度としての結婚

憲法
第24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM#s3


民法
(婚姻の届出)
第739条 婚姻は、戸籍法(昭和22年法律第224号)の定めるところにより届け出ることによって、その効力を生ずる。
2 前項の届出は、当事者双方及び成年の証人2人以上が署名した書面で、又はこれらの者から口頭で、しなければならない。
(婚姻の届出の受理)
第740条 婚姻の届出は、その婚姻が第731条から第737条まで及び前条第2項の規定その他の法令の規定に違反しないことを認めた後でなければ、受理することができない。
http://www.houko.com/00/01/M31/009.HTM#s4.2.1


なお、これらの法律に事実婚も準じます。事実婚と法律婚で認められる権利の違いなど、詳しくは「ふつうに事実婚」さんなどを参照のこと。
http://www.h6.dion.ne.jp/~pnest/wedding/


上野さんの結婚の定義

上野:最近私は、結婚というものをこう定義しているんです。これはあまりにもわかりやすいから方々で使ってるだけど、「自分の身体の性的使用権を生涯にわたって特定の異性に対して排他的に譲渡する契約のこと」っていうんです。すごいでしょう(笑)。

小倉:ちょっと長いな(笑)。短くしてちょうだい。

上野:でも、どの用語も削るわけにはいかないんです。「ヘテロセクシジム」も「性の排他性」も「生涯契約」も全部入っているわけです。こんなおぞましい契約をキミたちはやってるんだよ、と言うと、「ルール違反もやってますよ」と言う人もいるけど、ルール違反はルールがあるからで、最初からそんな契約しなきゃいいじゃない、と思うだけど。((p162~163)


よって、まず、上野さんの定義は、辞書的定義と法的定義のあいだに位置しておりますので、リバタリアン的には問題なしです。法の枠内の契約であり(要するに合法であり)、本人同士がそれでいいというなら、それでいいわけですので。

ただ、上野さんの「結婚」の定義というのは、日本のフェミニズムの歴史の文脈では「ウーマンリブ」から「第二次フェミニズム」(日本では1970年代~80年代半ばくらいまで)の流れにおける「結婚観」であり、2008年現在ではかなり古くなっております。ですので、今では、80年代に青春時代を送ったバブル世代以外の女性にとっては、あんまり実感が持てないかもしれません。。

というか、おそらく、上野千鶴子さんのフェミニズムというのは、近代家族で育った世代の女性や、上野さんの定義に一致した結婚生活を送っている方なら共感するのでしょうし、だからこそ上野さんのフェミニズム思想への需要が生じる、というメカニズムがあるのでしょう。しかし、一方では、「あまり幸福な結婚生活ではないな。。」と思う方もいるでしょうし、そういう方からすれば、「それは事実の全てではなく、上野さんの信念でしょう」という解釈になるかな、と。

というか、上野先生の結婚の定義、って、わかりやすい、っていうよりは、非常に不憫で抑圧的で悲惨な結婚生活を“想定した上で”成立している定義、のように私には感じらます。。でも、そういった“想定の上で”定義せずにはいられない上野先生のバックグランドを、本書を読んでよく理解できましたので、心情的にはわかるようになりました。

なにせ、お二人は、行動と言葉がまったく一致しない行政主導フェミニストや、トンデモ・フェミニスト学者たちと過去十数年交流し続けてきたという経験を土台とした上で、そう定義なさっているわけですから。。(小倉先生にいたっては、専業主婦の人たちが、小倉先生の講演を「ガス抜き」に使用している事実にショックを受けすぎて、引きこもっていたんですよ、何年も。。)

ついでに、というか、これが本題なのですが、日本における法律婚・事実婚・婚約、また諸外国におけるパックスや同性婚を含む結婚制度について、リバタリアン的解釈をしておきます。なお、リバタリアニズム思想における人間関係一般の根底に流れているのは、「合意」であり、重大なキーワードの1つです。

要は、結婚または特定の相手とパートナーシップを結んだから、といって、必ずしも上野先生の結婚の定義のように「性の排他性」や「生涯契約」を契約内容に含めなくてはならない、という根拠は特にありません。要は「お互いの合意があれば問題なし」という感じかな、と。

言い換えれば、「リバタリアンならば、契約内容について合意できる相手又は合意に要する交渉が可能な相手でなければ、結婚という本契約そのものを終結しない」とも言えますし、私はこの解釈に従っております。(以上は、二者間での場合。また、世界には一夫多妻や一妻多夫という婚姻形式も存在していますので、その場合は、三者または四者など、当事者同士が「合意」すればOKOK。)

最後にまとめますと、価値判断は抜きにして、上野さん独自の結婚の定義は「結婚の辞書的定義」と「法律制度としての結婚の定義」のあいだに存在しているので問題なし。ただ、人によっては、そういう結婚生活は、あんまり楽しそうではないし、どっちかというと不幸そうな感じがするでしょうから、各自、自分や自分たちにとっての「幸せ」とは何かについて考え納得した上で、結婚するorしないを含めて、いろいろ考察してみるといいかもしれないですね、という感じかな、と。

ということで、次回は、法律婚の必要性そのものに関する論点を取り上げます。

(続く・・・・・)
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