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ちょっと調べものをしていたら、「もしかして、フェミニズムやジェンダー論と呼ばれている分野では、組織の多様性を確保するために“男性向け”アファーマティブ・アクションでもやっているのかしら?」「それとも、退職者再雇用の一環なのかしら?」「それとも、単純に、人材不足なのかしら?」と、思わずにはいられない文章を見つけてしまった。。

それは、立命館大学非常勤講師イダヒロユキ氏のホームページで恥ずかし気もなく世界に向けて公開されている、大阪経済大学『人間科学研究』第1号(2007年)に掲載されている(らしい)『「ジェンダー概念の整理」の進展と課題』という文章である。いくら日本にはムダに私立大学が多いとはいえ、こんな小学生並の幼稚で非論理的な文章が、大学内の論文集に掲載されているとなると、なんだかな、って感じだわ。。

以下、大阪経済大学『人間科学研究』第1号(2007年)に掲載されている(らしい)『「ジェンダー概念の整理」の進展と課題』という文章から所々引用し、ツッコミ。

ジェンダー概念自体に、ジェンダーフリー、ジェンダー平等指向、ジェンダー・センシティブという意味があると明言するのが、私の主張の特徴である(これまでそのような明言はなかった)。(略)またバックラッシュ派が、「ジェンダー概念自体に支配や差別を含んでいるからダメだ」「政府の見解と違っている」というようなことを繰り返し言っているが、先ず政府の見解が間違っているのであり、次にジェンダー概念に性差別・権力関係に批判的になるというニュアンスが入っているのは事実であり、それは誇らしいことなので、なんら問題はないと私は考える。


あ、あの~。「ジェンダー概念自体に、ジェンダーフリー、ジェンダー平等指向、ジェンダー・センシティブという意味がある」なんて、おかしいわよねえ。。なんでもかんでも1つの概念のなかに入れてしまっていいのかねえ。。

というか、こんなことイチイチ指摘するのもアホらしいけど、「ジェンダーフリー」と「ジェンダー・センシティブ」は異なりますので。ってこといくらい、
「ジェンダー・フリー」をめぐる混乱の根源(1)& (2)山口智美/くらしと教育をつなぐWe 2004年11月号&2005年1月号掲載
を読めばわかるのでは。。


それと、「ジェンダー概念」なる概念に「性差別・権力関係に批判的になるというニュアンスが入っている」というのは「事実」なのかねえ???

それって「事実」じゃなくて「伊田の解釈」なんじゃないの?「事実」というからには、フェミニズムやジェンダー論と呼ばれている分野に従事する方々の、少なくとも8割以上はそう思ってる、ってことなんですよね?っていうか、あ、あの~。「これまでそのような明言はなかった」ってご自分で書いておられますが、あ、あの~。。。

というか、突っ込み所満載なので、早くしなくちゃ、次、次。
日本に1人しか存在しないスピリチャル・フェミニスト、伊田は、加藤秀一氏の著書『ジェンダー入門―知らないと恥ずかしい』をもとに、

加藤氏の論にコメントするカタチで、私のジェンダー概念の意味を整理/説明していきたい。


と述べ、加藤氏の説明を土台に自分の概念を構築している。
伊田独自の概念についてはURL参照。単に、加藤氏の概念について、イチャモン付けているだけなので、引用はしない。


伊田の定義では、独自項目として、加藤の整理にはない、規範・参照基準としての性、権力関係としての性の定義を加えているので、伊田の定義のほうが網羅していると考える。しかも伊田定義では、規範や権力関係を見抜いてそれを批判する、変革して差別をなくしていくというニュアンスまで含みこんだ概念であると明確に指摘しているが、加藤にはそれがない。それでいいのだろうか。
つまり、加藤氏のまとめ方は狭いのではないか?伊田のまとめのほうが優れているのではないかというのが、私の最初の指摘である。


と自画自賛。。。。。
加藤氏には「ない」。自分には「ある」と述べる箇所が2箇所あり、また、加藤氏のまとめかたを「狭い」と形容し、伊田自身のまとめかたを「優れている」と形容。

言うまでもなく、「狭い」の反対語は「広い」であり「優れている」ではない。もちろん「広い」は「優れている」理由にもならないし、「広い」=「優れている」でもない。
小学生でもわかる基本的な日本語能力が伊田には「ない」。

私は、マイノリティの立場にたって、マジョリティが支配する秩序を解体し、多様な性が平等に共存できるようにしていこうとするのがフェミニズムだと考えている(創造的破壊)


というか、「創造的破壊」っていうのは、シュンペーターが提唱した概念であり経済学・経営学で使われる用語なんだけど、伊田は意味わかってるのかしらねえ。。非効率な状態こそが効率性追求を促しイノベーションの源泉となるので、政府の介入はナンセンスである、っていうことなんだけどな。。ちなみに、中小企業の経営者や、小泉路線の信者にも、信奉者が多いよね、「創造的破壊」って。。


マジョリティが、この表を見て、自分にもマイノリティ側面、中間的な側面があることに気づき、そうしてマジョリティというもの自体の中に繊細な個々人の違いの感覚が生じて、マジョリティというもの自体が解体していくことを目指している。それが「男らしくならなくっちゃと思ってきたけど・・」というジェンダーへの気づきであり、その先に、そうしたジェンダーの枠に収まりきれない「ユニークな私と言う個」への覚醒がある。それをシングル単位(ジェンダーフリー)として伝えていきたいと考えている。


しかし、伊田の唱えるフェミニズムって異様だよねえ。「至りたい」「気づき」「覚醒」など、心理的・宗教的な用語が目立つ。伊田にとってのフェミニズムやジェンダー論は、『「多様性としての私」に至るため』『「ユニークな私と言う個」へ覚醒するため』にあるようだ。そんなフェミニズムはじめて聞いたわ。。

というか「至りたい」だとか「覚醒する」という単語って、現状の自分を肯定できていないからこそ出てくる言葉ですよね。どうしてまた、そんなに変わりたいと思うのかしら?そんなに今の自分ではダメなのかしらねえ。こういう人にも磯村健太郎著『<スピリチュアル>はなぜ流行るのか』でも読んでほしいものだわ。。
<スピリチュアル>はなぜ流行るのか (PHP新書 451)
<スピリチュアル>はなぜ流行るのか (PHP新書 451)磯村 健太郎

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そして、最後のほうに来て、いきなり伏見憲明氏の『欲望問題―人は差別をなくすためだけに生きるのではない』に触れ、


検討すべき諸点を提出している本であるが、ことジェンダーとジェンダーフリーについては、かなり表層的な理解に陥っている。ここで言う「表層的」とは、「伊田のジェンダー概念の整理」の水準を踏まえていないという意味である。


ああ、もう呆れるしかないな、これは。。
伊田が勝手に「加藤秀一氏の定義を土台として」勝手に定義した『「伊田のジェンダー概念の整理」』なる奇妙な定義を、「踏まえていない」から「表層的な理解」なんだってよ。。自己中心的にも程があるでしょうに。。。

というか、これホントに大阪経済大学発行の『人間科学研究』に載ってるのかしら。。
載ってるとしたら、もうこの大学のダメさは決定的だわね。

ついでに、このトンデモ文章の「注釈」(っていうか、この人、注釈の意味も使い方もわかってないような。。)に、


[2] とくにバックラッシュがらみでよく出される質問にかなり詳しく、かつわかりやすくQ&A形式でまとめたもの(日本女性学会・ジェンダー研究会編『Q&A 男女共同参画/ジェンダーフリー・バッシング―――バックラッシュへの徹底反論』がでたことは、今後、草の根レベルでの共通理解が広がるうえで非常に有効であったと思う。



ってあるけど、その日本女性学会・ジェンダー研究会編『Q&A 男女共同参画/ジェンダーフリー・バッシング―――バックラッシュへの徹底反論』という本ってインターネット上でさえ複数の人たちが「批判」していた記憶が。。あ、あった。

★Q&A 男女共同参画/ジェンダーフリー・バッシング』への意見【ジェンダーとメディア・ブログ】

★日本女性学会さん、バックラッシュ派の視線も少しは気にしてください*minx* [macska dot org in exile]

ちなみにこちらは、「学会ニュース『Q&A-男女共同参画をめぐる現在の論点』日本女性学会 号外 2003年3月】」についての的確な反論。参考になるのでリンク。
★フェミニズム一問一答再反論【神名龍子氏】

というか、ツッコミ所満載過ぎて、全部ツッコムのは無理なんだけど、それにしても、

[9] 個人的経験として、ジェンダー関連のメーリングリストで2006年はじめにジェンダー概念をめぐって意見交換があり、いかに多くの人に私がまとめたような「ジェンダー概念の整理」構図がないかがわかったという経験がある。たとえばフェミニストでも「男らしさ/女らしさ」ということについて、問題ないといったり、なくさねばならないと言ったり、一面的に理解していることがあった。正しくは、伊田②と③両面があるので、それに応じて対応すべきなのである。



って、書いてあるんだけど、「それに応じて対応すべき」って、この人っていったい何様なのかしらん。。
「正しくは」ってあんた、一体いつから「トンデモ・フェミニスト伊田の分類」が「正しい」になったのかしらねえ。。一体誰が「正しい」と認めたのかねえ、日本のフェミニストさんのうち、一体、どれくらいの方々の賛同か得られたのかしら。って、あああ、この人、アレかもよ、アレ。。

ということで、どうやら伊田にとってはご自分の解釈が常に「正しい」らしいけど、こういうトンデモを非常勤とは言え、雇ってしまっている立命館大学も、こんなトンデモの主張を学内誌に載せてしまう大阪経済大学も、いつまでもこんな人に情けをかけていたら経営が成り立たなくなってしまうのではないかしら。。

追記。
このトンデモ論文に関するフェミニズム分野の方々のエントリはこちら。

★「直線的程度の差としてイメージされている」伊田広行氏の「中間派」解釈【macska dot org】
「伊田の文章はダラダラと締まりがなく唐突に話題がズレるなど論文としての体を成していない」「伊田の図に問題がある」「こんな区分ははじめて見た」という指摘、同感であります。
伊田の図を最初見たときは、私も驚きましたわ~。確か「分類は思想である」って誰か言ってたなあ、って思いました。

★「ようやく名指し批判が!」と思ったらぬか喜び【ふぇみにすとの論考】私が思ったのは、どうして伊田が山口さんの主張を理解できないかというと、伊田は日本語力がないだけでなく、英語的感覚が全く無いため、「フリー」という英語の語感が理解できないからなんじゃ、、と。。それと、山口さんが『「ジェンダーフリーは、ジェンダー(という重要な視点)をなくすこと」ととらえている』という伊田の解釈は、ありえないなぁ、と思いました、はい。

http://s02.megalodon.jp/2007-1018-1856-33/www.geocities.jp/idadefiro/gender1.html
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【2011/04/18 18:02】 | #[ 編集]














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ついでに、ツッコミ所を発見してしまったので、さっきアップした「スピリチャル・フェミニスト伊田広行のアタマのなか」に引き続き、パート2として、以下、ふざけてるんじゃなくて、かなり問題の箇所があったので、1箇所だ IdeaFlow【2007/10/17 20:32】

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